私が知るデンジという人物は、とにかく自分勝手で我儘で、もしも私が卵から孵りたての人懐こいポケモンだったとしても、くるりと向きを変えて撤退してしまうだろう。そんな無愛想さの持ち主である。

 渚のいかずち、輝き痺れさすスター。肩書きに勝るとも劣らない実力を兼ね備えたシンオウ最強のジムリーダー。甘いマスクで虜にしてきた女性は数知れず。こんな耳触りの良い賞賛ばかりを書き連ねた週刊誌はいっぺん読んだだけで破って捨てた。人の良さが滲む本屋の店主が苦笑しながら雑誌を袋づめしてくれたのもよくわかる。雑誌の内容がなんだ。何もしらないでおべっかばかり並べ立ててくれる。オーバと私、もっと言うならナギサの人達は、デンジの大迷惑行為を実体験を伴って知っているというわけなのだ。

 昨日の夜の話をしよう。雷が落ちたわけでもないのに、活気づいた港街は突如、2時間ものあいだ暗闇に包まれた。理由は言わずもがな夜行性ジムリーダーの改造趣味のせいである。溜息の嵐で批難するのが当然のところ、心の優しいナギサの人たちは恒例の天体観察だと夜空を見上げていたものだから涙なしには語れない。君はとりあえず星と地域住民に感謝しろ。

 と、このように一見すると世のキラキラを詰め込んだようなジムリーダーも蓋を開けたらこの有様である。ああ。事の真相を目の当たりにしながらなぜ私はこんな人の彼女をやっているんだろう。

 試しにその、整えたわけでもなく自然と決まってしまう髪型を思い切って変えてみるっていうのはどう。オーバみたいに。気の振れたガールフレンドのご機嫌が少しはよくなるかもしれないわ。たとえば、そう、とても細いロッドでパーマをかけてみたりして。オーバみたいな。案外よく似合うかもしれないじゃない。オーバみたいに。

 さっそく向かい側のデンジの頭頂部をオーバの色違いにモンタージュしていたら、どうやら顔がにやついていたらしい。やれやれと肩をすくめるデンジは多分に勘違いをしている。やめろ。確かに整っているが、別に君の顔は今眼中にない。

「はあ、お手洗い行ってきます」
「存分に行ってこい」
「その言い方なんとかならないの」
「お前の紅茶ケーキは戻るころまで存命と思うなよ」
「存分にどうぞ!」

 言葉あそびにばかり夢中になり、会話のキャッチボールがうまくいかないのはもう慣れっこだ。ゴーイングマイウェイな人間を常人のレールに乗せるのは難しい。そもそも私はレールを敷く土木作業員でもなんでもない。あくまで一般人、そこらへんのカフェ客としての私は、ケーキをあきらめながらお手洗いに向かうのだ……!






「……おやデンジ君、ひとの紅茶ケーキだけでは満足できませんでしたか」
「それはお前のぶん」
「なら座席は。そこは私が座っていたところでしょう」
「ソファ席落ち着かないんだよ。俺は椅子の方がいい」

 帰ってきて一番最初にかわしたことばがこれだ。ひさびさに噛み合った会話に感心している場合ではない。ゆずられた 荷物のとっ散らかるソファもご機嫌取りのために追加されたコーヒーも、私を呆れさせるにはじゅうぶんだった。

「あのねえ」
「俺はどかないよ」
「わざわざ頼みなおさなくたってよかったのに」
「どうせ飲むだろ」
「そりゃあ飲むよ、もったいないもん」

 これからコーヒー飲んだらまたお手洗いに行きたくなるんだから……とかろうじて口に出さなかった愚痴を胸の内でこぼす。もう知らない、今日の会計はデンジにお任せしよう。私はそう決めてソーサーのカップへと手をのばす。

淹れたてのコーヒーはまだ熱く、冷めないうちと、私はカップに手を伸ばす。冷え切り、感覚の麻痺した指先ならまだしも、常温に慣れた手では熱いという感覚をはっきり受け取ってしまう。席を立つ前と違って……。

「あ」

 温かいのだ。さっきより。ふと天井を見上げるとクーラーがあった。どうりで帰ってきてから室温の低さが気にならないと思った。デンジの頭上、もっと言えば、先ほどまで私が座っていた座席に、冷房の風が吹き付けていた。

 気付くことができてよかった。この人が悪者で終わってしまうところだった。そうなのだ。この人は、デンジは、磨かれていない鉱石のような、角の立ったままのあたたかさを臆せずに投げて寄越す。目を凝らさなければ気付けないようなぶっきらぼうな優しさを、さも当然のようにくれるのだった。

「ねえ、これデンジにあげるよ。ケーキのことはもう気にしなくていい」
「俺はもういいよ」
「だってその席、寒いでしょう」

 苦い顔をされた。引き出した表情に正解を感じ取って笑ってみせる。私が毎日内なる罵詈雑言ショーを繰り広げながらもこの男に愛想を尽かしてしまわないのは、雑誌の記者やそれを読む全国の読者、ましてやこの街の人やオーバだって知らないようなデンジの一面を私が知っているからなのであった。


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構想が今年の春ということで季節感のないはなしですが…



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