「もう布団をしいてきたの?」


 ナマエが持ち上げた目蓋から、黒い真珠の輪郭がよく見えた。ナマエのは僕のと違って、目の前のものだけを純粋につかまえる眼球だ。それが僕という人間を問い直すようにこちらに向けられている。


「早いかな?」
「うん」
「いつもこんな感じだけど」
「今の時間だったらわたしはテレビを見て笑ってるくらいだなぁ。普段話していても感じることだけど、マツバはきちんとした生活をしているんだね」


 ナマエは本棚を指差して、五十音順に並んだ本のタイトルを幾つか読み上げてみせた。やんわりと否定しようと思った矢先に彼女が証明を始めるものだから、僕は先刻夕飯を食べたノドを渋々ふさぎ頬を掻くくらいしか手だてがない。彼女のペースに巻き込まれる滑稽な僕の脇では、普段かけないような陳腐な恋愛ドラマが流れていく。


「いつも何時に寝てるの?」 
「あんまり早いから、言ったらまた驚くよ」
「まあ、そうだろうね」


 欠伸ひとつのあと小さく伸びをして、彼女のリモコンさばきとともにテレビの電源が落ちる。あと30分もすれば彼女の好きなバラエティ番組が始まるだろう、しかし手の甲で目元をごしごしとこする彼女の気持ちはすでに安息へと向いている。居間を出て当たり前のように僕の寝室へ向かう後ろ姿に、警戒心がないなあといらぬ心配をしてみせる。とはいえ、客間の押し入れの布団はわざわざ僕の部屋に運んだのだけれど。

 襖が柱に打たれ、遅れて皺の伸びたシーツからばふりと空気が逃げる。不便がないようにと薄灯りをともす僕の後ろでもぞもぞと動くのは他でもない彼女の四肢だ。マッチを擦る音と共に名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返った先では、平らに均しておいた布団がぐちゃぐちゃと波打ち、彼女を丸ごと飲み込んでしまっている。もちろん僕用の一式だ。


「僕の布団に隠れるのが楽しいかい?」
「聞こえませーん!」


 彼女の少しはしゃいだ声がくぐもって聞こえる。布団にくるまる彼女はまるで巣作りの習性をもったポケモンのように見えた。まだ眠たくないよと駄々をこねたあの日が重なって、懐かしさに瞳の奥がぎゅっとなる。敷かれた布団は彼女の介入ですっかり皺を寄せていて、今日は少し夜更かしをしてしまおうかなとうすぼんやり考える。僕はなんだかそれを無性に可笑しいと感じたのだった。





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妥協するマツバ




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