「だめ、待って!ストップ!」
「何でだよ…何か問題ある?」
「問題とか言うまえに、もっと、こう…段階を踏んで欲しいというか…、まず、断りを入れるとか、何とか」
「今からキスする」
「ぐ!」


壁際に追いやられるような体勢で左右もご丁寧に腕でふさがれていて、どこに顔を赤らめない女性が居ましょうか。何とかこの状況を回避すべく適当な理屈を述べてみたけれどそれも見事に玉砕。まさか、提示した直後に返す刀を用意してくるとは思いもしなかった。語調ひとつ崩さないだなんて、そんなばかな。確かに、要求どおりに宣言されてしまえば成り行き上都合の悪いことは何もない、わけで。


それでも、ぐんぐん距離を詰めてくる端正な顔立ちを手で遮らずにはいられない。そりゃ自分で言い出したのはわかってる。けどやっぱりこの逃走本能はどうにもならない。


「や、やっぱり駄目!」
「…んでだよ。ちゃんと言ったろ。何がそんなに不満なわけ?」
「だって、実際ユウキに迫られてみてよ!目の前にこんな整った顔があったら誰だって逃げたくなるってば!」
「俺に言われてもな……」
「恥ずかしいものは恥ずかしいの…!」
「…なら、ナマエからしてくれんのかよ」
「は!?」
「迫られんのやなんだろ」


言ってユウキはぽすりとベッドに腰掛けた。拘束から解放されて安堵…する間もなく、私は新たな問題に頭を抱えることになる。この話はおしまい、っていう平和穏便な選択肢は無かったのか。私は心の中で猛抗議した。だけどここで応じなかったらさっきの体勢に逆もどりだ。ここは素直に応じるしかないのね……。


「…目、つむってる?」
「うん」
「途中で絶対に開けないでよ」
「開けない」
「絶対の絶対だからね」
「わかってる」


念を入れればふふんと余裕めいた返事が返ってきた。半ば敗北感を感じながらゆっくりとかがんで、腰掛けるユウキに視線を合わせる。無抵抗な様相が先程の自分とは正反対で、いよいよ差を見せつけられた私はぐっと唇を噛み締めた。私が動けば、唇はかさなってしまう。間を遮るものは何もない。

いつ訪れるともわからない感触を待つ状況よりかは余程マシだけど、結局心臓が煩いことには変わりない。これがユウキ以外の誰かだったのならここまで躊躇うことはなかったのかもしれない。心底惚れ抜いた相手に自分のそれを重ねるとなれば、余計な感情がどうしても行動の邪魔をする。これがたじろがずになんて居られますか。余裕なんてものは、ユウキを意識しはじめた頃から既になかったのかもしれない。ファーストキスでも何でもないのに、ばかみたいかもしれないけど。

もやもや考えていれば、一向に動きを見せない私に痺れを切らしたのか、ユウキがぱっちりと目をひらいた。


「わ、まだ開けていいって言ってないのに」
「あんまし遅いから怖じ気づいたのかと思った」


至近距離で合わさった視線に、体にふたたび熱がともるのを感じる。ぱっと身を引こうとしたけど、いつの間に掴んだのか、がっちりとホールドされた腕がそれを許さなかった。いくら逃走本能が働こうとも、これじゃ生憎袋の鼠だ。


「で、俺まちくたびれたんだけど」
「う、るさいなあ!今するとこだったの!」
「嘘、完全にかたまってた。ナマエ待ってたら日が暮れるよ」
「う…そんなこと言われても…」
「ふうん、何か馬鹿馬鹿しくなってきたな」
「え!じゃあこの話は無かったことに…」


言いかけて数秒、私の思考はぴたりと停止した。まもなく動き出した脳が受容したものは、やわらかい感触が触れたという情報。電気刺激を処理しきる前に離れてゆく顔を見れば、優越感に浸ったような表情が目に映った。


「結局恥ずかしいんだったら、どっちからしても同じ」
「うっそ…」


ぺろりと舌を出す様子にくらりときたなんて、死んでも口には出来ない。恥ずかしさよりも悔しさがこみあげてきて、無理やり抜きとった右手でべしりと頬をはたいてやった。「いって!」と赤くなったそこをさすっている間に、反対側に唇を降らせる。僅かな熱を置いて離れれば、きょとんとした顔を向けられた。


「え、何、今の」
「うるさいな」


それが精一杯の仕返しだったなんて、ユウキには絶対教えてやらない。言っても笑われるだけだし、頬を選んでしまった時点でわたしの負けは確定しているわけだから。


「…お前も本当強情だよな」
「慎重って言ってよ」
「口にやってくれたらドキっとしたかもしんないのに」


じゃあなんとも思わなかったっていうの。にやりと笑みを浮かべるユウキをじとりと睨んだけど、それは負けおしみに終わった。下手な行動に出るんじゃなかったと自分を呪う。「嘘、ちょっとドキっとした」ああもう。本当に。













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ユウキくん企画サイト「you...」様へ提出。




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