※辛辣
















「トウヤくんってさ、絵本に出てくる王子様みたいだよね!」

 同意。激しく同意します。放課後の教室、せっせと黒板消しを動かしながら背後のガールズトークに心中で相槌をうつ。
 お砂糖みたいな可愛い声が教室にあふれて、空間はすっかり飽和してしまっていた。床をすくったら甘い甘い白い山が手のひらにできあがるのだろう。きっとかきまぜればスノードームさながらに白いきらきらが舞う。
 一方そんな空間にいてもひとりぼっちの私はお塩のようにぴりっと任務をこなすばかりで、会話に堂々と賛同することはできずにいる。咳をしてもひとり。自分ではわからないから、チョークの粉が背中についていないことを祈る。

(いいのよ、分かち合えないことくらい。私は私なりに彼のことを想うのだから)

 シンデレラというおとぎ話があるでしょう。他の王道にしたってそうだけど、最後に幸せを手にしたお姫様たちは、いつだって謙虚で運命に従順。信じていれば、いつか王子様が迎えに来てくれるものだと信じたいし、現に私はそれを信じている。

 彼を王子様に例えたお砂糖な彼女たちは、公然で一国のプリンスを誉め称え、歓声を飛ばす……さしずめ義理のお姉様方といったところかしら。嗚呼、そんな様子では駄目よ。王子様は騒々しいのが嫌いだわ。運命に身を任せて、謙虚に、従順に、そのときを待つの。

 繰り返し作業を終えて、黒板は筆跡を感じさせないほどきれいになった。粉だらけになった手を洗いに教室を離れる。さぼったりなんかしないで、丁寧に仕事をすることも決してむだにはならないはずだ。これも「いつか」のために役に立つ。
 戻って来ると彼女たちは既に居なくなっていた。浸透圧の下がった教室を隅々まで見渡し、完全に綺麗になっていることを確認してから手の中のハンカチをポケットに押し込めた。

「背中」

 突然の音声。まだ他の誰かがいたことに驚いて振り返ると、皆が揃って噂をする人、トウヤくんがそこにいた。やはり一国を統べる城のプリンスと呼んでも何ら遜色ない。素直従順に生きてきた成果がここに現れたのかしら。まさかこんなに理想通りの展開が待っているだなんて。はやりだす胸の内を落ちつけながら、単語だけであった彼の言葉の続きをそれとなく促す。

「なに?トウヤくん」
「チョークの粉、ついてる」

 彼はちょんちょんと自らの肩を差し示し、視界の外にある汚れの存在を私に知らしめる。ああ、気をつけていたのに。いつのまにか背中を擦ってしまっていたようだ。
 トウヤくんの前でブレザーを脱ぐことははばかられて、「教えてくれてありがとう」と控えめに微笑む。背中のチョーク汚れはあとで払い落としておこう。
 気持ちを不躾に押しつけもせず、うろたえる様子も決して見せず。教室の隅でひっそりと綻んでいる花のように。王子様に見つけてもらえたら、そこからは物語のはじまり。
 ここまでは本当に、怖いくらいに筋書き通り。すると、柔らかな笑みを口元に湛えたトウヤくんが私に近付き、背中に手を――

――かけることはなく、触れられるであろう其処に神経を通わせ固まる私を見ておかしそうにしている。

「何固まってんの?ブレザー、脱げばいいじゃん」
「え?」
「わかんない?人の手なんて借りなくても自分で落とせるだろ、それくらい」
「あ、ああとで自分でやっておくよ」
「お前さあ、今明らかに俺が肩に触るって思っただろ。期待してたのが透けて見えてて気持ち悪いんだよ」

 そう言いながら私を見る目は嘲笑の色を含んでいて、王子らしさなんてものはかけらほども感じられなかった。血の気が引いていく。信じたくない。けど、心の何処かでこれがトウヤくんの本当の顔だと理解してしまっている自分が居た。見ればどう捉えたって王子様のそれなのだけれど、わたしが気付かなかっただけで。ううん、そんなんじゃない。ただ、気付かないふりをしていただけだ。

「知ってるよ。お前が俺のこと好きだってこと」
「っ!」
「お前が周りの女を見下してるのも知ってるよ。キャーキャー騒いでまとわりついてくる女ももちろんうざったいけど、お前みたいな周りとは違うって顔してるやつ見るとさぁ、プライドとかそういうの、へし折ってやりたくなるんだよね。選ばれたくて謙虚に、素直に、大人しくしてるつもりなんだろ。確かにバカなやつらが見たらそう見えるんだろうな。だけど俺はわかるよ。お前が本当は猫かぶってるだけで、俺に興味ないって顔して、実は執着してる薄気味悪い女だってこと」

 なぜそんなことまで知っているのだろう。そんなところまで見通されてしまったんだろう。シンデレラのように、いつか王子様が迎えに来てくれると少女趣味な憧れを抱いていたことが、こうもあっさりと言い当てられてしまうなんて。当てずっぽうだとはとても思えない。
 私が理想通りに振舞ってきたと思い込んでいただけで、実は下心のようなものが見え透いていて、私欲がバレバレで、とても醜く滑稽だったのかもしれない。トウヤくんだけじゃなく、クラスの人も、先生も、陰で笑っている可能性だってある。否定を繰り返すけれど、トウヤくんの言葉が逃げることのできない壁と成り、私の前に立ちはだかった。

「シンデレラあるだろ。俺あれ嫌いなんだ」

 声が出なかった。わかりたくなくてもわかってしまう。あくまで間接的な言い方だけど、トウヤくんが私をものすごく嫌っているということだけはすぐに理解した。

「自己犠牲をいとわず運命に従順。反吐が出そうだよ。継母継姉に不当な扱いを受けても文句ひとつ言わないどころか逃げ出すこともしないし、王子に見初められても魔法使いの言い付けを守ってあっさり逃げ帰る。王子が探したって、それは私のことだって言い出すこともしない。ガラスの靴が差し出されるまで何ひとつ自己主張しないんだよ」

 私のあこがれた物語の主人公。トウヤくんにとっては嫌悪の対象。シンデレラの生き方を踏襲する私に対するまなざしと同じといって差し支えなかった。

「ああしなさい、こうしなさい。これがお前に見合っている。あなたのためなんだから。誰かに言われた通りの人生だ。それで謙虚に素直にしてるだけで幸せになる。イライラするよな」
 
 不思議と腹が立つことはなかった。ひどい言われようだが私の信じるところは間違っていないとまだ思えた。誰にも迷惑は掛けていないし、そうして幸せになることは何も悪くない。生き方を変える必要はない。

「お前はもっと質が悪いよ。そんなシンデレラに憧れて模倣して、自己犠牲の努力をしてる。だけど周りを軽蔑してもいる。お前はシンデレラにはなれないし、本質は小賢しくて愚かなやつだ。お姫様の真似をできている気になって醜態を晒す道化だよ。お前もおとぎ話のハッピーエンドを期待してたんだろ。なあ、俺にひどいこと言われてどんな気持ち?」

 大切なおとぎ話の扉をそっと閉ざす。私が卑しく醜いのがいけないのだ。

「トウヤくん。私、あなたのこと軽蔑します」


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トウヤくんは夢主のことめちゃくちゃ好きです。




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