ヤミカラスが鳴くには少しだけ早い時間。水辺が映しだす空がほんの少しだけ色づいています。てくてくと柳のような手足が地をふみしめて、じゅくがえりのあのこは寄り道をするところでした。

 インターホンも押さずにあのこは玄関の扉をくぐります。勝手に入ってしまっても、あのひとは怒ったりはしないのです。嫌な顔をされることはよくありましたが、また来たのかという気だるげな声にはすっかり慣れてしまいました。あのこがソファに座るのを見届けると、あのひとは机に向き直ります。あのひとは、いつ来ても一生懸命に勉強をしているのです。じゅくに通うあのこは、まっすぐに机に向かうあのひとを尊敬しています。だから、あのこはときどき自分があのひとの邪魔をしてしまっているのではないかと心配になることがありました。だけどあのこは、あのひとから出ていけと言われたことがないのをこっそり誇りにも思っていました。お家にあがること自体は邪魔じゃないとわかったのがよほど嬉しかったのか、あのこは最近スキップをすることが多いです。おかげよく転んでしまい膝こぞうには絆創膏が貼ってあります。

 じゅくがえりのあのこは苦手な算数をここで復習していきます。わからないところがあれば、あのひとが手助けをしてくれるのです。めんどくさいなと言いながら、問題文をゆっくりはっきり読み上げればしっかり答えが帰ってきます。なんならくわしい解説付きです。時々もんくが混ざるのを気にしなければ、おそらくじゅくの先生よりもずっとわかりやすいのです。あのこはやっぱりあのひとを尊敬しています。

 ハテナが残る問題がなくなったころには、まくが張るまであたためたミルクがそばに置いてありました。今の今まで集中していたあのこは、いつの間に現れたマグカップに目をまるくします。あのこはあのひとが自分のためにこんなものを用意してくれるとは思いもしませんでした。だけど、むずかしい計算を自分ひとりでとけた時よりもはるかにうれしいのはたしかでした。冷蔵庫のミルクを飲めるのはあのこだけ。あのひとはあのこのためにミルクを買っていたのでした。お腹にひろがるぽかぽかとした空気が、あのこにとって一番のご褒美なのです。

「ふー、ひと仕事のあとの一杯は格別です」
「子供が何マセた事言うとんねん……。ええからそれ早よ片付けてしまい。匂いで気が散って勉強でけへんわ」
「むむう、先生だってまだ子供じゃありませんか。もしや先生、カルシウム不足ですね……そんなに苛々しなくても、わたしはマサキ先生を応援していますよ。めざせ!タマムシ大学!」
「やかましい」




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じゅくがえりのあのこ:10歳

タマムシ大学をめざして猛勉強ちゅうのあのひと:もうすぐ16歳



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