※学パロ


















バスが来ない。予定時刻を10分も過ぎている。おかしいぞ、まだバスが来ない。ピンポーン、まもなくバスが参りますってさっきそう言ってたでしょう。お願い早く来てください。とっても寒くて凍えています。大事なのは定刻通りの運行じゃないんでしょうか。市民の生命線、もうちょっとがんばって!
 言ってるうちに上乗せ1分。まもなくってどのくらいなんでしょうか。すぐそこに鼻水の気配を感じる。まもなくバスじゃなくクリスタルディグダがこんにちはしてしまう。

「よっ、お疲れさん。今帰るとこ?」
「マサキさん……!お疲れ様です」
「どこ向いて言うとんねん。顔隠さんと、ちゃんとこっち見て言わな」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 まずい。暗がりの中、しかもバス停に自分ひとりであるのをいいことに鼻水が出そうなのを放置していた。その報いが今ここに。セーターのポケットに入っていたよれよれのポケットティッシュに感謝だ。ラストのイチマイだった。ぐしゅーっと鳴りひびくお世辞にも綺麗とはいえない音とともに、私は鼻からの酸素をとりもどす。クリスタルディグダは今頃ティッシュボールの中でベトベターだろう。ごみばこがないから仕方なくポケットにしまう。

「失礼しました。マサキさんは、今の今まで課外授業ですか」
「せやな、御陰で8コマ目までみっちり埋まっとるわ。受験は相当しんどいで」
「げー、8コマ……。私ずっと二年生でいいです。永遠のセブンティーン、素敵」

 こういうの、ピーターパン症候群って言うんだっけ。大人になりたくないってやつ。あれ、少し違うか。私のはただの勉強したくない症候群だ。来年には私も受験生になるなんて、正直考えたくもない。8コマ授業を終えたマサキさんが今こうして笑えているのが不思議だ。一年後、8コマ目のあとの私はどんな顔をしてここでバスを待つことになるのか。それも考えるのがこわい。

「好きに言うとき。今しか遊ばれへんからなぁ、羨ましい。わいも卒部前に戻りたいわ」

 ですよね。肩をすくめる先輩を信用して、私は今を楽しむことにする。でもやっぱり戻りたいとか思うんだなあ。成績がずば抜けて良いと聞く先輩のことだし、今勉強が一番楽しいですとか言われたら流石にかける声を見失うところだった。
 そんなのは人間じゃない。ほかの誰が認めても私は決して認めない。とりあえず先輩も人間なんだなぁ。うん、そうだな。気分転換に部活の話でもしてさしあげよう。

「三年生が抜けてからは私らもいろいろありましたよ。最初は寂しくて燃え尽きてぐだぐだして。一回荒れたんです。青春するんだー!って言ってラグビー部とかダンス部に流れる部員もいました。馬鹿ですよね。案の定すぐに体力の限界を感じとったみたいで……結局3日後に天文部もどってきましたし。結局トータルでの欠員はゼロです」
「なはは、あほな道の外しかたするとこも変わらんなぁ」
「まあ……こうなるとは思ってたんですけどね。それで、先月から新しく太陽の黒点観測始めたんです。うまくいけば、理数科の研究発表に加えてもらえるらしくて。みんなまたやる気出してますよ」
「そっか、新しいことも始めたんやな。そら楽しみや。ほなそのうち遊びに行こか。差し入れ行くで」
「わあ!多分みんな喜びますよ。来る前には連絡下さいね」
「もちろん。携帯アドレス変わってないやろ?」
「変えてたら絶対連絡してます」
「そら良かった」

 時間を忘れるほどの楽しい会話をしていても、相変わらずというかバスは来ない。さすがは田舎といったところ。会話が弾んできたところだしバスのダイヤに対する怒りは鎮まってきているのだけど、ただしそろそろ身体の冷えが深刻さを増してきている。あたりまえだ。体の芯が麻痺して、ここに立ち尽くしてどれくらい経つかなんて考える気にすらなれない。
 電光掲示板を確認する。あんまり遅いから、次のバスの方が先に来てしまうかもしれない。酸素の供給源は再び口へとシフトしたのがわかった。ズズズ、と鼻を鳴らす。ポケットにティッシュはもうない。

「何やバス遅いな。えらい寒いし……、このまま突っ立ってたら風邪ひいてまうわ」
「うううう……コート着てこなかったこと若干後悔してるんです、追い討ちかけないでください」

 先程こそ寒さを忘れかけていたけれど、やっぱり人間寒いもんは寒い。セーターの袖を伸ばして顔を覆ってみたが、大した効果も得られなかった。結局バスを待つ以外に選択肢はないのだから、わたしは自然と上がる肩に任せて相も変わらず寒さに耐え続ける。

「ん」

 ガチガチと歯を鳴らしていると、ふぁさ、っと肩にあたたかいものがかぶさった。え、なんだこれ。布?

「わ、ウールだ。どうりで綿よりあったかい」

 じゃなくて、ウールの何だろう。セーターであった。私ウールのセーターなんて着てきたっけ。いいや着てない。じゃあこれは何でしょう。

「まあ、無いよりましやろ」

 そこにはYシャツの上にブレザーを着直すマサキさんの姿があった。袖口からのぞいていたブラウンは姿をくらましている。ブラウン。肩の上の見知らぬウールセーターと、同じ、いろ。

「セ、セーター2枚がさねですか。このままバスに乗るのはちょっと…」

 気にするのはそこじゃないだろうとか突っ込むのはあとにして欲しい。いくらウールセーターと言ったって、寒空の下で放られたんじゃ当然つめたいはず。ならどうして掛けられたそばからあたたかいのか。そんなの簡単だ。着ていた人の体温が残ってるからに決まってる。

「ゴチャゴチャ言わんと、ありがたく受け取らんかい!返されてもうたら格好つかへんわ」
「うえええ、受験生のくせに、風邪ひいたって知りませんよ!!!」
「鼻水我慢して歯ぁガチガチ言わせとるナマエに言われたないわ。別にわいの家はこっからそう遠くも無いし、お前が着てた方が役に立つやろ」
「じゃ、じゃあ借りますけどね……。あざっす。助かります先輩」
「それでええねん。ほな、わいも帰るからな。セーターないと寒くてかなわん」

 先輩、セーターはあなたが勝手に押し付けたんじゃないですか。言いたいのはやまやまだったけど、みなまで言うのは野暮だろう。借りたセーターは想像以上にあたたかく、ウールセーターの性能も馬鹿にしたものではないらしい。しかし変だな、セーターひとつでこうもあったかくなるものかしら。肩はおろか、ほっぺた、指先までしっかりあったかくなってる。むしろちょっと暑いくらいだ。うん……まあいいか。見直したぞウールセーター。

 かくして私は制服・セーター二種のトリコロールでバスに乗りこむことになるのだが、借りたセーターをいつ返せばいいものかと悩むのは家についてからの話。ベッドに潜り込んでから、「来週月曜、部活に顔出す」のメールに気付くのもまた別の話。



セーターがあたたかいワケ




(先輩に訊いたら教えてくれそうだ)
(だってあのヒト何でも知ってる)



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