「やりとげてシルバー」の続き


「ナマエさんこんにちは」
「ヒビキじゃん、どしたの」
「ライナー1枚ください」

 私は「ナー」を聞いたぐらいでドアノブを押し返した。素晴らしい反射神経だ。でも真っ昼間から幻聴だなんて、私まだ寝ぼけてたのかなあ……今日はおとなしく家で寝てよう。

 がちゃんとドアがフレームに収まって一件落着。迷わずベッドに戻ろうと思ったのだが、すぐさまドアの隙間に脚を滑り込ませたヒビキによって、それはあっさりと阻まれてしまう。あんたはやり手のセールスマンか。なんとか外に押し戻そうとドアに背中を預けて力を込めたが、年下とはいえ成長期まっさかりのヒビキの力もなかなかのものである。数十秒間の攻防戦の末、とうとう訪問者に我が家への侵入を許してしまった。

「いきなり閉め出そうとするなんてひどいじゃないですか」
「えーごめん、無意識でつい」
「まあ俺心広いんで許しちゃいますけど。それよりライナーですよナマエさん」
「地面に白い線を引きたいなら、学校に行って借りておいで。それと単位は枚じゃないから気を付けてね!」
「いやいや知らないふりしたって駄目ですよ。学校に借りにいって済むものなら、こんなふうに出会い頭の後輩をむりやり閉め出したりしないでしょう」
「……」
「ナマエさんの期待通りもちろん、パンティー、ライナーですよ?」
「もうどこからつっこんだらいいの」
「俺別にふざけてないんでつっこみは不要です」
「めまいがする……第一そんなもの、何に使うの」
「財布に入れます」
「ええと、私の理解力が乏しいのかな」
「ああ、そういう概念まだないんですもんね」
「えっ」

 なんだその意味深な言葉は。ヒビキにはもうあって私にはまだない概念があるというのか。今の若い子たちは随分進んでいるなぁ。そんな若者文化はもはやおばさんでいいから理解したくもないけど。

「財布に常に入れておくのは、これからはパンティライナーの時代です」
「用意周到な女子かよ。ていうかそれって……」
「18禁のワードは禁止ですよ。ナマエさん」
「パンティは良いの?」
「もちろんです。そもそもパンティに上品も下品もありませんよ」
「なんでだろう。いま急にシルバーに会いたくなった」

 心の平穏が欲しい。ちょっとからかっただけで可愛い反応を返してくれるシルバーがものすごく恋しい。とりあえずこんなにズバズバとはばかられる単語を口にできる後輩男子は嫌だ。そもそもなんでパンティライナー?それはちょっとナイナー。

「ちなみにこのトレンドは俺が作り上げていきたいと目論んでいるものです」
「じゃあ私に概念がなくて当然だね!存在しない流行でジェネレーションギャップを感じさせないで!」
「ナマエさんも一緒にインフルエンサーになりますか?」
「いやならないから……わかったからあげたらもう帰ってね」

 もはや厄介払いのようだが、こんなにげんなりする会話はこれ以上続けていられない。精神的に無理。早いとこ終わらせたくてトイレの棚の上からライナーを一枚抜き取り渡すとヒビキは「おおー」と感動の声を漏らしていた。ちなみにこれで困った女子を救ってあげられるようなものではないんだけど、この子はちゃんとこれの用途わかってるのかな。どうせ流行らすなら、やさしさと実益を兼ねたものにしてもらうのが大人の務めな気がする。「ありがとうございまーす」と鞄に仕舞おうとしたところで私はヒビキを制止した。「せっかく持ち歩くのなら、腰に巻ける上着と一枚のナプキンにしなさい」と。

「いやそれやったところで女子にはドン引きされるだけなんで大丈夫っす」
「じゃあなんでそんなもの財布に仕舞うの!?」
「ナマエさんをからかっただけでーす。用途もちゃんと知ってまーす!」
「なんて子だ!大人をなめちゃいけません!」
「じゃあナマエさん、次頼むときはシルバーじゃなくて俺にしてくださいね。喜んで買いに行きますんで」
「え?シルバーに頼んだの知ってたの?」
「あいつから聞き出したんですよ。俺はあいつみたいな失敗しないんで安心してください」
「え……シルバーに変なこと言ってないよね……」
「現実を見ないとあいつも成長できないんで、ちゃんと間違いを指摘しておきました」
「ああー……シルバーのガラスのハートが……!」
「じゃ、今日はもう用は済んだんで帰ります。お邪魔しました!」
「用とは!?ああ……シルバー……ごめん」





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