「ナマエが具合悪そうにしてる」

 まるで珍しいものを見るような目だ。なめないで欲しい。私も生物学的に女である以上、月に一度の体調不良が約束されているんだぞ。

 久々の訪問だからなのか、左手にこぢんまりとした箱を提げて、ハヤトが家を訪ねてきた。律儀な彼は手ぶらで来ることに気を使って、評判のケーキ屋に立ち寄ったのだろう。だけど今日のところは甘いものに手を伸ばす気分にはなれそうもない。私の下っ腹は毎月恒例行事の二日目を迎えていて、腹痛頭痛だるけ眠気といった多重苦の真っ最中である。
  
 ソファーにのびる私は立ち上がることすら億劫になっていて、ケーキの品質を心配をしたハヤトが代わりに冷蔵庫を開ける。中を見られてしまった。もちろん箱をしまう以外にハヤトが冷蔵庫をじっくり見ている様子はなかったけど、侮るなかれ。キッチンにおわすのは、女としてあるまじき、がらんどうの冷蔵庫。結果から言ってあの白い箱の中身が今日の夕飯になると言っても過言ではない。自炊なにそれおいしいの?という感じで生物学上の女が聞いて呆れるといいたいところだが、たかだか冷蔵庫の中身で女を判断してもらっては困る。

「今日で一週間になるぞ」
「え?二日目だけど」
「二日どころじゃないだろ。あんだけ注意したのに懲りずにまた仕事さぼって……今日まで何やってたんだ」

 訂正しよう。キキョウのジムトレーナーという立派な職についてはいるものの、実際のところ私はバリバリ働くキャリアウーマンではない。だって、ジムの特攻隊長は若さあふれるたんぱんこぞう君が担っていて、そのうえ与えられた名に恥じない働きぶりときている。ぶっちゃけキキョウのジムトレーナーは彼一人で十分なのであった。それを言い訳にして私はたびたびジムを抜け出している。ちなみに私は給与泥棒にならないようにちゃっかり体調不良ということで休暇を申請しているので、無断欠席だと言われたら違いますと答える自信だけは無駄にある。

「PCの前から一歩も動けなくてね。不思議な魔力があるよね」
「うるさい、PCのせいにするな」
「ごめんなさい」
「ゆるさない」
「でも、今具合悪いのはほんとだよ?」

 言い訳のようで気が引けるけど、こればっかりは嘘じゃない。いまだに立ち上がれない私はぐしゃぐしゃの髪のまま力なさげに笑った。大きな溜め息の音が聞こえ、ハヤトの肩ががっくりと落ちる。

「……せめて、人間らしい生活をしてくれよ」

 廊下のゴミ袋を一瞥してそのまま私に視線がかえってくる。こんな生活してたんじゃ、そりゃ倒れもするだろうと責められているような気分だ。みるみるうちに私の女としての威信は砕けていった。まあ、具合悪いのは生理だからなんだけどね。

「……明日、明日だからな。ちゃんと来いよ」
「明日?えぇ……」
「えーじゃない。来い」
「う、ん。わかった」
「じゃあ、買い物行ってくる」

 ゴミ袋3つが軽々と持ち上げられる。ハヤトすごい、一気に3つも……と感心しているうちに、彼はドアの向こうに消えていた。

 ハヤトと明日を約束した。明日はちゃんと着替えて外に出なければいけない。とてもだるい。めんどくさい。お腹も痛い。だけど仕方ない。できてないけど、私にちゃんとしたい気持ちがあるとわかればハヤトは世話を焼いてくれる。本人にはとても言えないけどハヤトに世話を焼いて欲しいから、たまにだけど私は仕事に行く。

 表面張力でぎりぎり淵に佇んでいられるような、今の過不足ない幸せを手放したくない。危ういけど、満ち足りているし、溢れてむだにすることもない。

 わたしはだめな人間のくせして、一度知ってしまったものは手放したくないわがままな人間でもある。ならば答えはひとつ。珍しいことでもなんでもなく、私は月に一度こうして体調を崩すということを、彼にこっそり教えてあげようか。買い物から帰ったハヤトと、ふたり分のケーキを食べながら。

 ぶりかえす下腹部の痛みに私はにやりと笑った。



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