「マツバ!久しいな!」
「やあミナキくん。そうは言っても数日ぶりだけどね」
「突然だが彼女が出来た」
「え!?君とうとうスイクンを……!?」

 ついにミナキくんの手に堕ちたか。さすがのスイクンもミナキくんとの根比べに疲れたんだろうか。哀れな。

「なにを言っているんだマツバ、スイクンはポケモンだぜ」
「突然常識人染みたこと言うね……」
「スイクンはそんな普通の枠には収まりきらないんだ」
「ごめんさっきのは取り消させてもらうよ」

 ミナキくんはやっぱりミナキくんだった。でもそれならば、彼にはスイクンではない人間の彼女ができたということになる。僕はこれでもミナキくんとの付き合いは長い。ミナキくんの奇行は何度となく見てきたし、彼がどんな人物を選んだとしても驚いて叫びださないという自信はある。それに彼に愛する人が出来たとなれば、純粋に嬉しく思う。一体どんな人なんだろう。もやもやと形にならない人物像を浮かべながら僕は思わず唾を飲んだ。

「そういうわけで紹介する、こちらはナマエだ」
「はじめまして、ナマエです」
「あ、ああ、はじめまして。僕はマツバです」

 ミナキくんの背後から遠慮がちに女性が現れ、礼儀正しくお辞儀をされた。驚いた。もの凄く美人な女性だ。立ち振る舞いから彼女の育ちの良さが伺える。品のあるお嬢様という印象だ。てっきり「ああああミナキくうぅうううぅん格好いぃいいい!」って横で叫ぶような女性を想像していたんだけど。

「……ナマエさんは、ミナキくんとお付き合いをしているということでいいんですよね」
「?、はい」
「さっきも言っただろう、マツバは疑い深いな!」
「正直未だに信じられないよ」

 呆れるミナキくんにくすくすと笑うナマエさん。笑顔もますます可愛いらしい。見れば見るほど不思議でしかたなかった。彼女はミナキくんのスイクン狂なところを見過ごせるスルースキルの高い人なのか、それとも異常なスイクン愛を受けとめられる度量の持ち主なのか……。どちらにしても、彼女がすごい人物だということに間違いはないようだ。

「そんなことよりマツバ!今度はスイクンがチョウジ方面で目撃されたらしい!」
「いい情報が手に入ったようでなによりだ」

 玄関で立ち話をしているのも二人に悪いので、ひとまず部屋に上がってもらった。僕がお茶を用意しに行った間二人は談笑していたようだ。しかし僕が戻るとミナキくんは思い出したように話を切り出した。目が爛々としている。スイクンを追ってタンバまで行ったはずの彼が随分早く帰ってきたなと思ったが、なるほど今度の目的地はチョウジか。エンジュはその道すがらというわけだ。

「アサギ行きの連絡船が随分と混んでいたが、船員の制止を押し切って乗ってきたんだ!スイクンは待ってくれないからな!」

 ナマエさんも苦労するな。ミナキくんの隣にちょこんと座る彼女に目配せをしたら、あたたかな微笑みが帰ってきた。どこまでも寛容な心の持ち主らしい。

 興奮気味の彼がカバンからファイルやパソコンを取り出した。ファイルには彼が集めたスイクンに関するデータや考察を纏めてあって、尋常ではない分厚さだ。ミナキくんはジョウトの地図に赤い線が引いてあるページを開き、「今はここ!ここだ!」と赤い二重丸を指さした。指さし過ぎてインクが滲んでいる。彼なりにはじき出した傾向から選ばれた場所のようだが、スイクンはミナキくんの情念を感じ取って今この瞬間も確実に逃げ続けているような気がする。

「ミナキくん、こんなところでお茶をにごしてたらスイクンが行ってしまうよ」
「はっ、そうだな!では早速向かうとしよう!スイクゥウウゥウッ……!……ンンン!!!」

 叫びながらがばっとミナキくんが立ち上がった。途中で右膝を卓袱台にぶつけて一瞬止まったけど、叫び声で押し切ったようだ。今だに右膝が震えている。

 その情熱に打ち震える姿は別に格好良くもないのだが格好ついてもいなかった。右膝をぶつけていなかったら格好ついてはいたかもしれないのに。無念だ、ミナキくん。

 そろそろお見送りの時間だろうか。やれやれと息を吐いて立ち上がる……いや、立ち上がろうとした。が、僕は目の前の光景に唖然となった。

 ナマエさんが頬に手を当て、顔を赤らめている。何故だ。今にも飛んで走って行きそうなミナキくん。彼のすがたを見て熱を上げるナマエさん。交互に二人を見ていて頭が痛くなった。まずナマエさん、今は少なくとも赤面するような場面ではないはずなのだが。

 絶句する僕を置いてけぼりにして、「行くぞナマエ!」彼女の手を引くミナキくんに「は、はい!」返事し、しっかりとついていく彼女。さっきまではアンバランスな二人だと思っていたが、とんだ勘違いだ。まったくお似合いじゃないか。今は見せつけられた気にさえなって、ほんの少しだけミナキくんに妬けた。

「またなマツバ!」
「……お邪魔しました!」

 嵐が去った。二人はゆっくりとお別れをいう暇もないほどの勢いで飛び出していった。溜め息をひとつ零し、今度こそと立ち上がる。テーブルの向かい側には仲良く湯呑みが並ぶ。ほんの少しお茶の減ったそれと、全く手のつけられていないそれ。お茶を飲む余裕すらなく熱弁していったのか。今日のミナキくん、やけに張り切っていたな。まあ、正直いつもあんな感じだけど。

………

 スイクン探しに協力するのはごめんだと彼に宣言していたから、僕に許された方法を使ってスイクンを探そうだなんて思ったことは今まで一度もない。だけどどうだろう。この感情をなんと説明しよう。彼女を連れたミナキくんがスイクンと対峙したならば。もちろん僕には変な気を起こす趣味はないのだけれど……それにしてもまあ、僕だって伊達に彼の親友をやっていないわけだ。






友人の考察





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