オーバ×さらスト
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 自慢の長い髪を誇らしくも鬱陶しく感じる季節、それは夏だ。毎年この時期になると、私は髪の毛をすべて剃り落としたい衝動に駆られる。ひとりで肌色になる勇気はないけれど、地元の女性で一致団結してスキンヘッズになれるなら怖くない、千里の道も一歩から!と手始めにリーグ事務の同僚に提案したら誰も乗ってくれなかった。今年もこの計画はお蔵入りだ。
 今日の最高気温は28度。夏は過ごし易いシンオウの気候とはいえ、それはほかの地方の人にしてみればという話で、シンオウ基準で言ったならこれは猛暑と言って差し支えない。去年こちらに遊びに来ていたハルカが涼しい涼しいと騒いでいたのを思い出したが、当の私は扇風機正面を陣取りつつ、騒ぐ彼女をジト目で見ていた覚えしかない。
 妥協策のポニーテールは夏場の定番となって、例に漏れず今日も自慢の黒髪をてっぺんからなびかせるつもりだった。結い上げを終えて鏡越しに時計を見ると、8時13分。まだ出発までは余裕がある。たまには手をかけてもいいかなあ、なんてちょっとした思いつきに身を任せ、私は鏡台の隅のブリキ缶に手を伸ばした。アクセサリーやらなにやらがごちゃごちゃと入った缶ををひっくり返す。あったあった。ちょっと前、ヘアアレンジに凝った時期に買い直したアメリカピン。ついでにフォークの飾りピンも使っちゃおうかな。ユニークなモチーフが可愛い。あらかた使うものを見つくろったあと、プレーンなポニーテールを逆立て、ふたつに分けてから根元に巻いていく。アメリカピンで放射状に固定して、ブロンズのフォークを添える。ちょっとルーズにほぐしたら、お団子ヘアの完成だ。
 再び時計に目をやると、8時31分。時間も丁度良い。バッグをひっつかみ、いつものごとく靴をフィーリングで選んだ。ふと赤色の後ろ姿が頭をよぎる。彼は私の小さな冒険心に気付いてくれるだろうか?多分乙女心なんて少しもわかっちゃいないんだろうけど、ほんのちょっとだけ期待してみたっていいよね。
 8時35分。定刻通りにドアをくぐった爪先はお気に入りのミュールの中に収まっていた。


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 12時50分、社員食堂。リーグ内での評判は上々。同僚からは夏らしいだとか似合っているだとか素直に嬉しくなる感想をもらえた。食堂のカウンターでも、おばちゃんがフォークのピンを気に入ってくれたらしく、特別にとケーキをオマケしてもらった。想像以上の好評ぶりに胸を踊らせつつ、おばちゃん好意のスイーツに舌鼓を打つ。ぐるりと食堂を見渡したけど、こんな日に限ってお目当ての赤カリフラワーはどこにも見当たらない。ここぞっていうときにはタイミングが合わないんだから……。クリームを添えたふわふわの生地を頬張りながら、オムライスの皿の端によけたブロッコリーを一瞥する。ああごめん、緑のお野菜、あなたは悪くないんだった。
 肝心のオーバは午前の挑戦者とまだバトルの最中なのだろうか。なにも用事がないときなんかはよく目の前に姿を現すのに、こっちが会いたいときに限って、よくオーバは何かに熱をあげていて、どうしてか見つけられなくなる。うらめしいな。思わず溜め息を吐いたのはケーキの美味しさに感動したからじゃない。そっとお団子の形を確かめたら、少しアホ毛が浮いてきていた。


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 7時ちょうど、仕事は切り上げてきた。あのあと、トレーナー控え室付近を意味もなくふらついたり、持ち場を頻繁に離れたりして(そわそわしていたのもあって、同僚にからかわれた)何度となく機会を狙ってみたが、そんな努力もむなしく終わる。とうとうオーバとは顔を突き合わせないまま勤務終了の時間を迎えてしまった。私だって意地があるから明日でいい仕事をやるためにもっと残業でもしたらいいんだけど、通る人皆が顔見知りのリーグで、いつもさっさと帰る私が残業だと言ったっておかしな顔をされるに決まっている。
 悔しいからせめてゆっくり出て行こうと、これ以上ないくらいの鈍足でリーグ入口を目指す。無駄な気ばかり使った心労のせいか足取りがやけに重い。後で会ったらやつあたりしちゃうかも、と既に頭は後日のことを考えていたが、一度期待してしまった以上あきらめて速足で帰宅する気にはなれなかった。
 とぼとぼというしょぼくれた副音声を連れてエントランスへ続く角を曲がる。足下ばかり見て歩いていたものだから、向こう側から曲がり角へと近付いてくる人影に気付かなかった。ばふりと小気味いい音をたてたのち、誰だかわからない腕に抱き止められる。

「おお!びっくりした!悪い怪我してないか?」

 なんで今だったのかなあ。一日の終わりのハイもう帰るだけですっていう女に、朝と同じだけの魅力が残っていると思う?答えは否。全然わかってないよ。今日くらい、同じ偶然を朝いちに連れてきてくれたってよかったのに。

「おはよう」
「あ、なんだナマエか!おは……じゃないな大丈夫か?もう夜だぞ」
「いつも必ず朝に会うのに、いつもと同じ時間にオーバがいなかっただけでしょ」
「ああ、そっかごめんな!じゃあおはよ!」

 じゃあって何だよと突っかかりたくなったけど、ニッと笑って応じてくれたオーバに文句は言えない。念願叶った途端に素直じゃなくなった私は、もうすっかりおだんごもくたびれてて、バッチリとは言えないコンディション。自信に満ちた私からは程遠い。だけどお願い、気付いてくれたらなってそればかり考えていた今日よどうか無駄にならないで。

「今日の挑戦者が久々に手応えのある奴でさ。全力で行ったけど負けた!まあそのあとゴヨウにやられちまったみたいだけどな。でもあいつはまた近いうちに挑戦しに来るぜ」
「ふーん……それで控え室にでも引きこもってたわけ」
「いやいや引き篭もりなんて人聞きが悪いな。早速調整フロアで技のタイミングを確認してたんだよ」

 いや、わかってた、わかってたよ。強い挑戦者が来た日に、オーバが一番に何を話題にするかなんて。しかも、バトルの話を始めたら、日が暮れるまでだって話し続けていられるポケモンバカだ。最後の望みまで断ち切られて、私はひねくれた返答しかできない。

「次はぜったい勝つ!あーもうほんと熱いバトルだったわ!あんだけ燃えると暑さも吹っ飛ぶな!」
「オーバもいっしょに吹っ飛んだらいいんじゃない?」
「切れ味鋭いな、疲れてるのか?お前も夏が暑いなら、髪型を変えたぐらいにしとかないで熱いバトルをだな」
「は?」
「だから熱いバトルをだな」
「そっちじゃなくて!」
「そっちじゃないってどっちだよ?」
「っく、腹立つ!」

 一度出たワードに敏感に反応したはいいけど、不都合なことに本人には自覚がない。結局自分で言うの……まるで言わせたみたいになっちゃうじゃん!もうこれ以上乙女心を踏みにじらないでほしい。

「髪型!変えたの!言わせないで!」
「ああ……そっち?」

 もしかしてお前それで拗ねてたのと笑われて、ああそうだよと吐き捨ててやった。言わなきゃわからないんだもんな。阿呆らしい。

「お前時々可愛いこと言うよな」
「ヘッ!悪かったね!」
「そうツンケンしてくれるなって、素直に褒められてくれよ」

 どうどうと暴れ馬を制するようなやり方で宥められたって許すもんか。髪型のことだってもっとスマートに事が運ぶはずだったのに、色々とぼろぼろで泣けそうだ。

「まあ確かにそれ、似合ってる、と思う。可愛い」
「え?」

 うなだれていた頭を持ち上げると、サッと顔を逸らされた。私から表情を隠したままあーとか何とか歯切れの悪いことばかり言っている。

「ばばばばっっかじゃないの……」

 なにこの脱力感。ずるい。最後の最後まで引っ張ってそんなこと言うなんて。本当はもっとうらみごとを浴びせたかったけど、二度目以降はなんの効果もない呟きにしかならなかった。

「バカバカ言ってくれるよな……わかってるっつの」
「オーバのばか、カリフラワー、鈍感。私もう帰る時間だし」
「悪いと思ってるよ」
「ばか」
「ごめん、だから今日このあと飯食いに行こう、もちろんリクエストはなんでも受け付けるぜ」

 今日一日頭を飾っていたフォークが抜かれ、曲がっていたそれはきれいに差し直される。オーバって意外と器用なんだよね……じゃなくて。「機嫌直せよ、な?」私はこの笑顔に弱い。くずれたお団子だけど、かわいいってちゃんと言ってくれた。あーもう、どうしてかんたんにチャラにしちゃうの。

「今日の分の仕事は?もう上がれるの?」
「気にすんなって」

 やんなきゃいけないことは明日やるさ、今日は彼女が優先だって言っちゃえるところは嫌いじゃない。

「ばーか、行くに決まってんじゃん」




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