ダイゴ×ポニーテールロング
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 ちょいちょい、と軽く頭の後ろが突っ張るように感じたのは、文字通りに私の後ろ髪を引いたダイゴさんのしわざだった。もちろん名残惜しさなんて意味合いは微塵も含んでいない、かっこ物理、という言葉つきのやつだけど。

「ちょっとダイゴさん」
「え?」

 いや、えじゃないですよ。私なにかおかしなこと言ってますか。振り返って彼を睨んでみたけれど、抵抗は悪意をふくまない笑顔に溶かされ跡形もなく消えてしまった。

「ごめんね。ちょっと触ってみたくなったんだ」

 誰かに背後に立たれている状況は気が気でない。やっとのことで正面から向き直って、私は思わず毛束を手で庇った。ああやだな、ごわごわしてるって思われたかも。

「可愛く言えばいいってもんじゃないんですよ。びっくりするじゃないですか」

 ついでにちょっと痛かったんですけど、という恨みごとは事実半分、嘘が半分。私のコンプレックスでもある髪を触られて頭に血が昇り、想像してたよりもきつい言いかたになってしまった。案の定、毛束に滑らせた指は毛先の手前で引っかかる。ぱさついた髪。手ぐしをされなくてよかった、と安堵している自分がもう既に惨めだ。

「目の前にあると、ついね」
「私の髪の毛で遊ばないでください」
「ごめんね。遊びたいわけではなかったんだけど」

 そんな私の悩みなど露知らず、ダイゴさんは目尻を柔らかく引いて苦笑する。そんな彼の髪は嫉妬でくるしくなるほど綺麗なように見える。感嘆の声を漏らせば、君みたいな黒髪にも憧れるんだよとうまく言葉を前向きにしてみせるけれど、私にしてみればそれすらも余裕がなす言葉のようでまた胸が痛くなった。

「じゃあ何がしたかったんです」

 髪は女の命とはよく言うけれど、まさにその通りだ。本当なら私だって、他の女の子たちがするように、髪を可愛らしく巻いたりだとか、下ろした髪を風に揺らしたりしてみたりだとか、してみたい。でも量が多い割に細く柔らかい髪は、ちっとも思い通りにまとまってはくれないのだ。うねるし、広がるし、雨の日なんてもう最悪。こうやってひとつに纏めて大人しくさせておくのが精一杯だ。
 たとえばまずダイゴさんは男の人だけれど、もし彼が女の子で、あの光に透けるしなやかな髪を長く伸ばしたとしたら……それはもううっとりするくらい、見蕩れてしまいそうなくらい、まさしく、絵に描いたようなうつくしさになるんだと思う。
 気まぐれの理由を模索するダイゴさんは、自分が恵まれているという事実をちゃんとわかっているのだろうか。容姿や肩書き、果てはチャンピオンという地位までもを手に入れ、あらゆる人の羨望の的となる彼を相手にして(それらすべてが幸運によるものだとは思わない。彼は努力を惜しまない人だから)私のような普通の女の子が勝負をしかけようというのもなんだかおかしな話だけど。命とまで謳われた髪で女の私が負けてしまうだなんて、本当に自分にはなにもないみたいで、やるせなくて、虚しい。
 わかってる、結局世の中ってそういうものなんだよねと卑屈になる私は嫌な女だ。
 溜め息を吐くと、おや、というようにダイゴさんが首を傾げた。あなたの髪に嫉妬してるんですなんて言ったらまた彼を困らせてしまうだろうか。これ以上彼を苦笑させてしまいたくなんかないのに。

「ねえナマエちゃん。僕はさ、君の髪が好きだよ」

 散々待たされたはずなのに、彼の口振りは、まるでその言葉がはじめから用意されていたとでも言いたげな様子だった。

「髪梳くの癖でしょ。無意識かもしれないけど、ずっと気にしてる」
「っ!」

 私の両手は、彼の言うとおりそこにあった。特に意識はしていなかったつもりだけど、すぐ庇うように髪を梳いてしまう。いざ指摘されてみると急に恥ずかしくなって、頬全体に熱が集まる。情けない表情を見られたくないのに、彼の目が私を捉えて離そうとしないから、咄嗟の思いで彼に背を向けた。

「お世辞言わないでください……癖になってるのまで気付いたのに。コンプレックスなんです。」

 気なんか使われたら、かえって痛々しいじゃないですか。早くここから消え去ってしまいたい。唇を噛み締めると、背後から笑みが漏れる音が聞こえる。

「わ、笑うなんて」
「ごめんごめん、ナマエちゃんがあんまり可愛くて」
「ダイゴさんひどいです……!」
「うん、ごめんね。でもわかって欲しいな。本当にお世辞で言ってるんじゃないんだ」

 感情的になった私が肩を震わせて声を荒げると、また小さく笑う声が聞こえた。私がなにか言う前に、やわらかな感触が頭に乗せられる。人らしいそれの他にひんやりとした金属が当たって、私はそれが指輪をつけたダイゴさんの手だとすぐにわかった。

「君だからこそかな。君の後ろ姿はね、見ていると触れたくなるんだ。引っ張って、そのまま引き寄せたくなる」

 慈しむような手つきが髪を滑った。徐々に降りていった指先が再び後ろ髪に触れて、私は肩を強張らせる。

「いや、髪を引っ張ったのはかなり乱暴だったね。しつこいようだけどごめん」
「わかりました。もう、いいですから……」
「君が髪を切ったなら、僕は少し淋しく思うだろう。もちろん君である限り僕は君に触れたいと思うだろうけど」
「こんな髪でも」
「こんな、とか言ってはダメだよ。ナマエちゃん、君はコンプレックスだと思っているかもしれないけど、僕に言わせれば、君はすごく魅力的なんだよ。髪も、そのほかもすべて、一つ一つ愛おしいと思ってる。なにも、悩んだりする必要なんてないんだ」
「嘘……じゃなくて?」

 やさしい言葉にきちんと裏付けをして欲しくて、私はゆっくりと振り返る。彼の手から離れた髪が動きと呼応してゆったりと零れた。

「やっとこっちを向いてくれた。もちろんだよ、嘘なんかじゃない」
「本当に」
「本当、それにね」

 ダイゴさんの表情が、嫌みのない自信を滲ませたものに変わる。さっきまで髪束を弄んでいた骨董品みたいな手が、頬を撫ぜた。

「僕の好きを否定するっていうなら、いくら君でも許すわけにはいかないな」
「……傲慢なんですね」
「はは、よく言われるよ」
「でもそういうのがダイゴさんだと思います」
「どういたしまして。僕が魅力的と言ったこと以上にそれを裏付けする言葉なんてないよ」

 こうかばつぐんな安心材料をあたえられて、それでもなお卑屈になるなんてこと、もう許されはしないんだろう。彼が好きだと言ったその瞬間から、うまく言えないけど自分に価値が生まれたような、そんな気さえしてくる。あんなに嫌いだった筈の自分の髪も捨てたものじゃないと思えるのは、きっとそれが他でもない彼の言葉だったから。もらった言葉を咀嚼しながら毛先を日に透かしてみれば、夕日と同じ色に染まり淡い光の中で揺れた。




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