グリーン×ふつうミディアム
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「え、誰」
「俺の顔そんなに印象薄いか」
「嘘だよ」
グリーンがジムから帰宅したのが30分ほど前。夜に降ると予報されていた雨の前ぶれか、今日は1日じゅう曇りがちでジメジメと湿気がひどかった。ただでさえじっとりと蒸すような暑さの中、ジム戦で汗を流したグリーンが早くサッパリしたい気持ちはもちろんわかる。でも私が来ているにもかかわらず、ただいまもおかえりもなく開口一番の言葉が「風呂入ってくる」だとはなんて薄情な男だろう。もっと他に言うことがあるだろう。私はグリーンの帰りを三時間も待っていたのに。まあ、ただじっと待っていたわけではなくそれまで私はナナミさんと楽しくお茶をしていたわけだけど。
そうしてさらに30分。ナナミさんにああだのこうだのと愚痴を零していたところでグリーンが風呂から上がってきた。話は冒頭に戻る。
「グリーンって朝髪セットにどれくらい時間かけてる?」
「あー……だいたい15分くらい?」
手塩にかけている……!毎日毎日ツンツンツンツンしてて最早ある種の芸術だなあと思っていたけど、自然の産物じゃなくて(あたりまえか)ちゃんと努力の賜物だったんだね。遅刻もしないし身だしなみを手抜きしたなと感じることもないし、マメなのは間違いない。
「髪の毛おりてるグリーンって、なんかちょっと新鮮かも」
「そうだな、外に出るときはちゃんとセットするからな」
よく見ると、髪はまだたっぷりの水分を含んでいて、毛先からしずくがぽたりぽたりとしたたっていた。落ちた水滴が肩に染みをつくっている。うーん……これはちょっと心臓に悪いかも。
「グリーンまだびしょびしょじゃん、早く乾かしなよ」
「別にいつもどおり自然乾燥でいいよ」
「だめだめ、風邪ひいちゃうよ。夏でも濡れたままじゃ冷えるんだから、ちょっとここ座って!」
「おお、めずらしく張り切ってんな……」
「へへ、大人しく観念しなさい」
グリーンを無理やり部屋の中央のガラステーブルに着かせて、階段を駆け下りナナミさんにドライヤーを借りに行く。ナナミさんは快く私にドライヤーと、大きなブラシを持たせてくれた。
かちり、スイッチを入れると、少し強めの風がグリーンの髪の毛をもてあそぶ。最初のうちはやれ恥ずかしいだの面倒だのと言って逃げられかけたが、お返しにと風を顔に当ててやったら大人しくなった。腰を据えるグリーンに渋々といった感じはあったけれど、気にしていたらきりがない。
「意外と髪の毛やわらかいんだね」
「まーな。量はそれなりに多い方だけど」
粗方乾いてくると、髪の毛の質感がよくわかる。指通りがよくて気持ちいい。普段は刺さりそう(崩しそう)で迂闊に触ることもできなかったけど、こんなになめらかな髪ならずっと触っていられるじゃない。それにしてもよくまとまる髪だなあ。アウトバス用のトリートメントがなくても広がらないなんて。うらやましいよ。
「はい、これでよし」
「ん、サンキュ。家で人に髪乾かしてもらうのなんかガキの時以来だわ」
「グリーン暴れるんだもん、今だって同じようなものでしょ」
おちょくるように言ったのが気にさわったのか、うっせ!と怒られグリーンにデコピンを食らわされた。痛い!そこはかたちだけでも感謝のほうがよかった!
「った〜〜なにすんの」
「はは、お礼お礼」
「恩を仇で返すな!」
おでこが地味にひりひりする。暴力はよくないと思います。涙目になりながら額をさすっていると、膝がぱたんと折りたたまれ、今度は私が座らせられるかたちになる。
「絡まるから暴れるなよ」
いままで私が使っていたブラシを奪い取り、グリーンの手で私の髪を滑ってゆく。さっき暴れてたのは誰だよ、じゃなくて、え、なにこれ。
「なにマヌケな顔してんだよ。人に髪いじられてんのって案外気持ちがいいよな」
「誰が」
見事に形成逆転した体勢に、思わず言葉が詰まってしまった。状況に頭がついていかない、のに、あからさまに体温を上昇させてしまう自分はなんて単純な奴なんだろう。根元から毛先へ、壊れものを扱うような手つき。柔らかい感覚に、体という体がさざめき立った。とりあえず落ち着け私と言わんばかりに深く息を吸い込んでみたけど、いちど粟立った肌がそう簡単に戻ってくれるはずもなく。
「あのなあ、そう緊張すんなよ。やりにくいだろ」
「し、してないってば」
「別にお前の髪をどうにかしてやろうってわけじゃねーんだからさ。これじゃ俺のガーディの方が断然お利巧さんだな」
「うるさいなぁ」
「ほら肩の力抜けよ」
そういいながら軽く肩を揺すられるがあいかわらず体を固くしていると、肩たたきするみたいにトトトト、って小刻みにインパクトを与えてくるので扇風機に当たっているときのような震えた声になる。
「む〜り〜。私はガーディと違ってグリーンを信頼してないんですー」
「ったく……可愛くねーこと言うなぁ」
信頼してないなんてのは真っ赤な嘘。だけどあっさり言って速度を上げた胸の内をグリーンに知られてしまうのも悔しくて素直でないことを言う。いじっぱりが素直さの邪魔をして、嬉しいはずの今も私はどこかしかめ面だ。大人しく身を委ねられたら良かったのかもしれないけど、そんな私がガーディみたいに純粋な気持ちで大人しくしているなんてこと、簡単にはできないから。
「……呑気に子供の頃を思い出していられるほど、私は図太くないよ」
「まだまだ子供だもんな」
「これでもあなたと同い年です!」
また軽口をたたいてくるグリーンには苦し紛れのことしか言えなかった。意地悪なくせにずるい。言ってることとやってることがかみ合ってない。私はあきらめてゆるやかなやさしい感覚にだけひたすら集中する。余計なことを考えたら駄目。私だけだなんて悔しいから、どきどきするなんて絶対に言ってやらない。