そういえば、あれは10代も終わりに差し掛かる頃の出来事だった。私にとっては長くて、ほかの人から見たらきっと短い旅のあと。思春期以降、マサキとの距離感が年相応に開いていたことは否めないが、決定打はその時に訪れたように思う。

「だから、カントーに住むんだって」
「えっ?」
「ヤマブキにアパートを借りてタマムシ大学に通うらしいよ。マサキくん、昔から頭が良かったもの」

 このぐらいの年齢になったら示し合わせて会うことなんてなくて、家の周りや最寄り駅で見かけるなくらいのもので、どこに行くかとか将来どうするかとかいちいち相談したりもしない。家族ならまだしも、そりゃ他人だし。なんも気にしてないし。へー、そうなんだ。ってすぐ雑誌に目を落とすくらい心に余裕だってある。
 今までみたいに顔見れなくなっちゃうね、なんて母は言うけど、遠くへ行くんだからそんな当然みたいなことわざわざ言われても……ってなんだかイライラしてしまった。
 もともと積極的には関わらなくなっていたんだから、離れたところに行くからって今までとなにも変わるわけじゃない。


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 世間一般の話として、10歳になると多くの子どもは相棒となるポケモンを持つ機会を与えられ、各地のジムへ挑戦が許される。それは心と体を強く豊かにする旅であり、ある種の通過儀礼のようでもある。
 そして言い方は悪いがそこでの経験が少なからず将来の食い扶持につながっていたりもする。そして実際、ジムバッジは持っていた方が将来の選択肢が広がるという感覚が世間に浸透している。それは物流やものづくりの世界に留まらず、メーカーやサービス業でもポケモンに関する商材を取り扱うとなれば、総合職であれ事務方であれジムバッジの個数を条件とすることが少なくない。
 世の中はそんな採用人事が目立つようになってから久しい。ジムバッジを持つ人間がトレーナーとは一見関係なさそうな企業に居ることは今や何らおかしなことではないのである。

 私がジムバッジの取得を目指したのは16歳の頃だ。一人前の大人になる前の時期ということを考えれば決して遅くはなく、それは自分なりに将来を見据えての挑戦だった。はじめは人並みに経験したいという何となくな気持ちと、一種の就活対策みたいなつまらない理由だった。
 だけどいざ旅が始まれると、コラッタと共に勝つために何をすべきかということに熱くなっていたし、旅のあいだの発見に夢中になっていたことも事実だ。私の熱量に応えてくれるかのようにコラッタがラッタへ進化したとき、その瞬間に立ち会えたことが今までにないくらいうれしかったのも鮮明に覚えている。

 やっとの思いで手に入れたふたつのバッジ。苦しいことも沢山あったけれど手にした重みの分、自分やラッタのことをとても誇らしく思っている。

 まだ先の話だけれど、私はバッジを手にした分広がった選択肢の中で、苦労しながらもそれなりの知名度の企業に一般職の社員として入社することになる。担当地域のポケモンセンターへの物品供給を管理して、いつでも万全の体制にしておくための、地味だけど大切な仕事だ。華々しい人生とは言えないけど、仕事にやりがいはある。トレーナーの経験がなければわからなかっただろうなと思うことは意外と多くて、働く権利を得られたのは紛れもなくラッタと旅をしたおかげだった。

 私のポケモンはあとにも先にもラッタだけだと思っている。それに私が手に入れることができたバッジの個数はラッタがいてこそのものだった。バッジが証明してくれる強さは私だけのものじゃない。だから得た権利や称号を使って他のポケモンにわざを覚えてもらい、それを私が使いこなすということはないと思う。

 バッジを8つあつめて、その先へ、って目標を高くするに越したことはない。それを掲げられる人は、目指せる人はすごいなと思う。
 旅を終えようというとき、はじめは実家に電話しようと思ったけれど、少し迷ってマサキに電話をかけていた。大人から「夢を諦めたんだ」とステレオタイプに嵌めこんだように思われることが怖くて、私は多分もっと身近な存在の理解みたいなものを求めていて、おそらくそうしたんだと思う。

「満足できたっちゅう感じやんな」

 自分が手に入れたいと思うものは旅で得られたし、気づきたかったと思うことにたくさん気づけたと思う。やましいことがあったわけじゃないのに、そう言ってもらえたことでほっと胸のつかえがとれて、許されたような気がして嬉しかった。

「そうかもしれない。すごく充実してた。……だけどね、おかげでわかった。私バトルって向いてないんだ。勝つことの喜びはもちろんあったけど、ポケモンが怪我したり、怪我させちゃうことがやっぱり苦手で。多分スポーツみたいに割り切れなくて。ここまで頑張ってきたけど、これで、旅もおしまいにする」
「ええやん。始まりも終わりも、自分で決められるんが旅やろ」
「もっと、脱落したみたいに言われるかと思った」
「なんでやねん。年数とか、バッジの数ちゃうやろ。ナマエはナマエやし、わいはむしろそういう考えに行きつくとこがそれらしい思たで」

 久しぶりに聞いたマサキの声は相変わらず少しへらへらとしていて元気そうだった。私は私。変に慰めるような言葉よりてきめんに効く。この電話の後、誰と話しても私の旅についての話題にはなったけど、この会話があったおかげで私は私の決断を恥じることなく人に話せたのだと思う。
 たったの数か月だったけれど、旅の途中で見える景色が変わるというのは本当だ。ポケモンに対しての接し方だとか、普段気づけなかったであろうパートナーの感情の機微について。バッジを二つ得た以上に得難い経験ができたのは間違いない。ただ、旅のあとのすっきりとクリアになった頭には、もう十分だという感覚があった。自分が目指すべきはこの道を極めることではない。私は私なりの道を目指そうと思えた。

 旅の後の一時の休息、もとい家でゴロゴロと過ごしている中で家の二階の窓からマサキが自宅を出入りするのを見たりはするものの、まともに会って話したのは一度くらいだ。それは、旅のあと10日ほどが過ぎて、これからのことを考えなきゃなぁとイメージを抱き始めていた矢先のこと。

「帰ってきてから一度くらい話す機会あったでしょう?まさかマサキくんから聞いてないの?」
「……聞いてないよ」

 遠くに行くなんて、そんなこと一言も言ってなかったじゃん。帰ってくる前に電話で話す機会だってあったのに、幼馴染って大きな節目についての報告とかそういう、義理を通すようなことをするまでの相手じゃなかったってこと?






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