→至道なき道



「よ。元気?」
「元気そうだね。私も元気」
「それはよかった」

 声をかけられて、振り返った先にはユウキがいた。ついこのあいだまで本当にいろいろなことがあったけど、ふいに会えた今、私の感情が波立つことはもうない。たくさんの気持ちに決着をつけることに成功して、自然に会話を受け入れることができている。
 
 当たり障りのない世間話をして、近況を聞いた。海外インターンシップの次は学生スタートアップに取り組んでいるらしい。意識高い活動で韻まで踏んで絶好調のようだ。余計なお世話と知りつつも後期の授業の単位はとれているかと尋ねると、軒並みSやAがついたぴかぴかのコレクションのような成績だったらしい。私の当たりもはずれもある穴ぼこな成績表とは大違いだ。聞くまでもなかった。大学生活を模範的な意味で5億%謳歌している。学内での研究も外での経験もひとつひとつが彼にとっては楽しみで仕方ないことのようだ。まだまだこれからだよと謙遜するユウキの表情はさわやかだった。

 1年生の教養科目が終わればそれぞれの通うキャンパスが変わって、今後は学部の違うユウキとはすれ違うこともなくなるだろう。私はきっと彼のキラキラした投稿に、素直な感情でたまに「いいね」を押す。ユウキに対する執着を終えたからだろう。それがどんなSNSでも、リアクションを残すことがもう怖くない。

 私は相変わらずタイムラインには入り浸っているけれど、近くに気を許せる友人がいて、込み入った話をすることもできるようになって、SNSに対しての精神的な依存の度合いは前よりも軽くなった。しんどい時も匂わせ投稿のようなことは辞めて、「ハワイに行きたい」とか「おいしいもの食べたい」のような、毒素をマシュマロに変えたツイートで乗り切れるようになった。不穏なことを呟かなくなったのも心の余裕ができたことの表れで、私にとっては大きな成長だ。以前よりも快適なSNSライフを送っているといえる。

「ナマエこないださ、違うコミュニティの知り合い同士がいっぺんに出てくる夢を見たって言ってただろ」
「うん?ああ、ツイッターでね。めちゃくちゃなやつ……まあ夢だからなんだけど。でもちょっと考えさせられる感じの」

 そういえば、少し前に昨晩見た夢の内容についてツイートしたんだっけ。それにしても人のSNSの話題なんて一番興味のなさそうなユウキにしては珍しい。というかブロック外したままフォローもされてなかったと思うんだけど、ツイート多くておすすめにでも出てきたかな?夢の話なんかが目に留まってしまったんだったら、ちょっと恥ずかしいけど……。

「夢って、なんか変に示唆的な時があるっていうか。俺も、見た後何とも言えない気持ちになったりとか、したことあるよ」

 私が感じたこと、話したこと一つ一つに対して言葉をくれる人ではあったけど、こんな風に壁打ちの言葉にもそれが波及したのは初めてだ。どうしてだろう?と気にしかけて、深読みはやめたんだった、と思い直す。

「うん、わかるよ。最近全然会ってない人が急に夢に出てきたりして。なんでこんな夢見たんだろうって思うけど。目覚めてからあの人元気にしてるかな?って気になったり」 
「そうなんだよ……夢は、なんで見たのか、どうすればいいのか、教えてくれないからやなやつだよな」
「そんな風に考えたことなかった」
 
 思わずふふと笑ってしまった。ユウキのよくわからないけどちょっとわかるこういう例え方が好きだった。普段の態度に似合わずロマンチックなところがあって、こういう感性のために、私は幾度となく心を震わされてきたのだ。
 だけど今は、ハルカがハルカにしかできない表現をした時みたいに、いい意味で普通に、ただ素敵だね、ってそれだけ思う。

 授業の合間のキャンパス内は人が行き交う。私がユウキに目配せをすると彼も似たようなことを感じたようで、人通りを避けるため学生会館前の広場の真ん中からなんとなく少し端に場所を変える。

「それでさ、」
「うん」
「言い訳しちゃいけないよなって、思ったんだよ」
「言い訳?」

 先ほどの談笑の雰囲気からは打って変わってふいに真面目な声のトーンだ。話のつながりが見えなくて視線をやると、ユウキは困ったように笑う。

「まあその、夢の話をしてるのを見てっていうのはあくまできっかけで、それから改めて自分の頭で考えたって話なんだけど」
「そうだったんだ」
「ああ。そしたら、すごく今更だけど、わかったんだ。今までも、今も、俺にやりたいことや自分の力を試したいと思うことはたくさんあるけど、そこでの経験や、これからの展望とか、そんなのを聞いて、応援してくれてたのはいつもナマエだった」
「まぁユウキのことは尊敬してるし、ファン1号なので」

 きっと他にもユウキの素敵さや魅力を知っている人はたくさんいるだろうし、ユウキにとって出会い、関わった順番に大切な人が順位づけられるというわけでもないだろう。ただこれに関しては公言したもの勝ちみたいなところもあって、下心に決着をつけてただの友達に戻った後も、私はひとりの人間としてユウキを応援していることには変わりない。

「……そう思ってくれてることがどんなに心強かったか。別れて、そのあとも見守ってくれていたナマエがとうとう離れていって、いまさらになって思い知ったよ。俺は甘えてた。ナマエの好意が俺に向けられていたことに、ずっと胡坐をかいてた。たちの悪いことに、ついこの間までだ」
「うん」
「今更こんなこと言うなんてバカだと思う。せっかくナマエが自分の気持ちにケリをつけたところなのに。だけどこれだけは譲りたくなかった。関わりを絶つっていざ宣言されたら、嫌だって思ってしまったんだ。だから今もナマエを見かけて、呼び止めた」
「うん。それはつまり……どういうこと」
「ええと、少し話してもいいか?ちょっと長くなるかもしれないけど」

 ユウキは私の都合を心配してか、私の逃げ道をなくさないためか、慎重にそんなことを訊く。私も、とぼけたふりをしているわけじゃない。間違った解釈をしたくなくて、言葉の真意を確かめたくなってしまう。もちろん適当に理由をつけて断ることもできる。だけどなあなあにしたまま解散してまた悩んだり苦しんだりするようなことになるのはもう嫌だ。幸いにも、次の授業は休講になっていて、その次の授業まで待機をしているだけの、予定もなにもない空き状態だ。

「いいよ。急いでないし、話せる」

 目の前でほっと胸をなでおろすユウキはこれから私にどんなことを話すつもりだろう。今ならもう、何を言われても大丈夫だ。逃げ道もいらない。

「ええと、先に俺の話をすると……SNSで吐き出した気持ちはそこだけのもので、特定の誰かに向けたメッセージではないから、リアルでは受け取らないって決めてたんだ。本人に聞いたわけでもないのに過剰に意識して、疲れてしまうことって、あるだろ」
「今は気を付けてるけど、心当たりはすごくある。反省してるよ。」
「ごめん、文句を言いたいわけじゃないんだ。今更遅いって自分でも思うのに、ナマエとのかかわりがなくなってから、ナマエが俺に言えなかった気持ちって、どれだけあったんだろうって考えて。もちろん不安や不満だったり、問題とか、寂しいって気持ちは、全部俺本人に言ってほしかったのは本当だ。だけどそれを言えないようにさせてたのも俺だったって思う」

 自分で勝手に苦しくなって、吐き出し方を間違えて、環境も性格もあって自業自得だと思っていて。結果うまくいかなくなってしてしまったというのに、自分ごとというか、そんな風に考えてしまうのだからやっぱり優しすぎる人だなと思う。そういう人だからこそ直接ぶつけることができなかったって言ったら、きっと困らせてしまうんだろうけど。うまく言えない。

「……そんなことないよ」
「うん、ありがとう。俺の考えすぎかもしれない。でも俺は自分で自分がだめだったなって思ったから、すごく反省したよ。俺は俺で、ボタンの掛け違いや不安を感じたなら、ちゃんとそのことをナマエに直接話してればよかったって思うのにさ。俺ができてないのに、ナマエだけに『なんでも言え』っていうのは違うだろ。だから、俺が勝手に謝る。ごめん。」
「うん?うん……いや、こちらこそ」
「色々言ったけど、お互いに言い分があると思うし、どっちが原因とか悪いとか、そういうのはもう気にしてもしょうがないと思って。謝りたいから、謝る。謝らせてくれ」

 謝ったらハイ終わり、みたいなおざなりなやり方じゃなくて、間違っているかもしれないけど自分はここが悪かったと思う、ってきっとすごく考えてくれたんだろうな。もちろん私にだって恨み節はあるけど、意地を張らないで受け取りたくなるような言葉だった。

「私もね、物分かりよく振る舞ってたつもりだったけど、私自身が全然そうじゃなくて、モヤモヤしてたことも全然言えなくて、だめだめだったんだ」

 その時見えなくなっていたものを時間が解決して、いろんな考え方が改まったことで自分自身が成長したと思っているし、やっぱりユウキには感謝している。私は自分で自分を納得させて今ユウキの前に立っていられるけど、改めて話せたことでキレイに消化できたというか、腑に落ちたなという実感はやっぱりある。

 目の前のユウキも、私と今こうして折り合いをつけることで、心が軽くなったりしたのだろうか。そうであれば、そうだといいなと思う。

「そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、やっぱりナマエと話したいって思ったんだ。なんて話そうって悩んで、SNSの話をきっかけにしたりして。受け取らないなんて言ったくせに笑えるけど、何かヒントが見つけられるような気がして、気持ち悪いと思われるかもしれないけど、ってか俺も気持ち悪いと思うけど、過去のツイートも改めて読ませてもらった」
「ん!?なんでそうなるの!?というか、読んだとしても宣言しないでほしい」
「ささいなことでもいいから、もう一度知りたいって思ったんだよ」

 そういうい言い方はずるい。これ以上責められなくなってしまうじゃないか。

 一度あきらめた気持ちは勘違いなんかじゃ踏み出せなくなっているし、簡単に期待なんかしちゃいけない。もしもがあるなら、誤解しようのない言葉で伝えて欲しい。

「よかったら、聞かせてほしい。ユウキはどうなりたい?どうしてほしい?」

 はっきりと言ってくれないなら、私はさらに問いたい。私も、ユウキも、息をのむ。言いたいことがあるなら、ちゃんと聞くから。私はそのことを伝えた。

「付き合ったことも、あの時別れたことも、真剣に考えて出した結論だったから後悔はしてない。だけど、これから先ナマエと関わらずに生きていくのは嫌だと思ったんだ。俺の話をたくさん聞いてほしいし、ナマエの話ももっともっと聞きたい。だから、だから俺と、また付き合って、くれませんか」
「えっ、ああ、その……」
「困らせて本当にごめん。返事も急がないから」
「ええと……私が元彼に未練たらたらの限界こじらせ女だった……ううん、今もこじらせ女である話、する?」

 さよならしたはずのダメダメ女が良かったねと私に笑いかけている。あんまりストレートに言われたらもう取り違えようがない。私は驚きと照れ隠しとでなんだかすっとんきょうなことを言ってしまった。だけどもしかしたら。いまからたくさん話して伝えあって、勘違いしようもないくらい分かり合えたなら、やり直すことだってできちゃうのかもしれない。

「あの、なんだろう。前は、多分きっと俺のことだよな、みたいなことをナマエは書いてくれてたと思うけど」
「ごめん……昔匂わせとか空リプみたいな感じの嫌な投稿とかしててほんとごめん……今はもうしない」
「いやあの、なんていうか、よくわかってないんだけど、俺のことかな?って思い込んでもし違ったら恥ずかしいし、書くならちゃんと名前とか何のこととかはっきり書いてくれたほうが有難いというか……もちろん直接言ってくれてもいいし、俺もやきもきしなくて済むし、ナマエになんか不満があっても直せることあるかもなって思って」
「え?そこなの……?暗に私に構えよみたいなの書かれてうざかったとかじゃなくて?」
「そういう意味だったのか?」
「あっいやその……はい。そういうのもありましたごめんなさい」
「全然わからなかった。俺もまだまだだなぁ」

 ものわかりの良い女です感をだしておきながら「どうしてわかってくれないの」って思うことが多かったけど、私は私で、ユウキのこと、全然わかってなかったのかもしれないな。
 だとしたら今度こそ、時間と言葉を持てる限り尽くしたい。私の、私たちの、マイナスからの恋をまた始めるために。



→まだまだつづく道



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -