→至Y字路


 「私ね、ユウキに言いたいことがある」
 「うん」
 「聞いてくれる?」
 「もちろん。いいよ、別に急いじゃいないさ」

 かつてユウキは、私といると成長が止まっている感じがすると言った。だけどいま、今日という日を私のために空けていてくれている。突拍子もない言葉で、突然誘ったにも関わらず。前からなんら変わっていない。私をないがしろにできない、ばかみたいに優しい人だ。いっそ嫌いになれたら、と願ったこともあった。私が好きになったユウキはさらにその魅力に磨きをかけていて、幻滅なんてできるはずがなかった。

 二人だった私達はそれぞれ一人に戻ったけれど、一緒にいるあいだずっと楽しくて幸せだったことは間違いない。ただお互いの不安を正面からぶつけることができなくて、他との両立もかなわなかった。私はついぞユウキのなくてはならないものにはなれなかった。ただそれだけだ。はじめから恋人になんてならないで、友達のままでいたなら、わざと距離を置いたりしなくても心地よく関わり続けていられたかもしれない。そんなどうしようもないことを今でも考えたりはするけれど。

 彼はまだ自分の夢の途中にいる。そして、その足掛かりを大学に入って1年しないうちに掴んだ。ユウキが自分のやりたかったことにたくさん挑戦して、たくさん努力してきたからだと思う。まだまだ未熟、と現状に満足しないユウキの伸びしろはもちろん無限大だ。

 関係は壊れたかもしれないけど、あのままむりやり付き合い続けることもできたかもしれない。だけど私がユウキの手を離したことで今日があるのなら、別れてよかったんだと思う。そう思いたい。
 
「私、確かにユウキのことがすごく好きだったと思う。今だってこうして話していて、やっぱり好きだって思ってしまった。だけど別れてからは純粋に好きっていうだけじゃなくて、多分私はあれからずっとユウキに執着してる」

 楽しかった今日は唐突に訪れて、観客として観ていた舞台に突然引き上げられたような気分だった。今話していることも言おうと前から決めていたことじゃない。だけど、今日を過ごすうちに、言わなくちゃなと確かに思ったことだ。

「別れたあとなのに、電話したのも、映画を観たことも、一緒にご飯を食べて、時間を忘れるくらい話せたことも、全部全部嬉しかった。向けられる表情や言葉のひとつひとつを心が覚えていて、そんなこと思っていい立場じゃないのに、なくしたくないものだって思っちゃった」
 
 これは全部ほんとうのことだ。だけど、私にできることは、こういう思いを守り続けていくことじゃない。

「手放したくないと思えば思うほど執着をやめられなくて、このままじゃまた迷惑をかけるし、自分も取り返しがつかなくなると思った。だからもう終わらせる。これからは、ユウキに関わり続けていくことを、やめようと思う」

 これからのために私がすべきこと。それは、ユウキを忘れることだ。あるいは、彼に対して向けていた感情のはしごをはずすことだ。

 ユウキは、私のしょうもない下心にもきっと気づいていて、そのうえできょう一緒に過ごしてくれた。変な方向へ突っ走る私に対しての、方向性が間違ったユウキの優しさだ。すごくすごく嬉しかったはずなのに、同時に、彼にこんなことをさせちゃいけないなとも思った。

「俺が知ったような口をきくのは違うけど、それを言うってことは、そう決めたんだよな」
「うん。今までありがとう。別れるときにちゃんと言えなくて、ここまでずっと執着し続けちゃって、ごめん」

 ユウキは何か言おうとしたようにも見えた。私の決意は揺らがなかった。不思議と頭の中はさえわたっていて、ごちゃごちゃした感情もじゃまをしてこなかった。

「いや、こちらこそ今までありがとう。大したこと言えないけど、その……元気で」
「うん、ユウキもね。それじゃ、さよなら」

 ユウキは最低限の言葉でわたしの決意を尊重する。最後までありがとう。おやすみでもまたねでもなく、さよならだ。


▲▽


「普通に生きてて、きちんとさよならを言うことってあんまりないよね。だって、その場をはなれても、いつかどこかで会えたらいいなって思ってるし」
「うん、どこか遠くに行くからこの先会えないってわかってるか、もう会わないって決めてるかのどっちかくらいかなあ」
「なんだかナマエがものすごく大人になっちゃったみたいでなんかちょっと寂しいよ。わたし、まだ20年くらいしか生きてないし、おじいちゃんおばあちゃんも元気だし、好きだった人とさよならしたこともないから」
「いやー、ハッピーちゃんはハッピーなままでいてほしいなあ、さよならなんて、できるだけ言わないで生きていきたいよ」
「ねえそれ!わたしのことなめてるよね!?あとわたしのなまえはハルカです」
「大丈夫なめてないなめてない」
「ねえええもうなんでえええ……なんでユウキくんのこと諦めちゃうんですかああ」
「えっすごい急に泣くじゃん……なんでハルカが泣くの」
「こういうときはハッピーちゃんって呼ぶんじゃないんですかあ〜〜〜」
「なんでよ。どっちを呼んでほしいんだよ」
「ナマエの方がぜったい泣きたいのにいいいい」

 我慢していたのか、ハッピーの使い分けが気に食わなかったのか、さっきまで普通にしていたはずのハルカはとつぜん声を上げて泣き出す。タイミングはまったく読めなかったものの、私はそこまで驚くことなくハルカをなだめた。

 映画を見て、食事をして、そしてきちんと決別するということを伝えてきた。夜になってハルカに今日のことを報告をすると、呼びつけたつもりはなかったのにすぐに原付を飛ばしてアパートに来てくれた。ユウキと恋人じゃなくなった時も、日常の中にもうユウキを探さないって決めた今も、ハルカは私の目の前でたいそう泣いた。自分が泣けば私が泣けなくなるというけれど、ハルカがいなくても泣けた自信はなかったから、おかげでこの恋は浮かばれたんじゃないかなと漠然と思った。

 最後は恋なんてきれいなものじゃなくなって、すっかりいびつな形になっていた。だけどきちんと終わりにすることができてよかった。感謝も、暗い感情が存在したことも伝えられた。喪失感はある。でも肩の荷が下りた、そんな気分だ。それを純粋に喜べる自分が嬉しかった。

「私、ユウキのことすごく好きだったな」
「うん」
「好きにならなきゃよかったって思わない。これって結構幸せだと思う」
「うん」
「……さて」

 私は勢いでプ〇イムビデオを契約して、超長い海外ドラマをハルカと一気観した。徹夜明けの朝にホットケーキを焼いて、サイコーな朝ご飯を食べた。生クリームなんかもたっぷりつけちゃって山ほどの罪悪感がわいたけれど、気持ちは清々しくて後悔は微塵もなかった。カーテンから差し込む朝日が痛いほどにまぶしい。過去を引きずるダメダメ女にも、さよならを言った。


→至道なき道



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