→至迷い道


 同じサークルに体験入部した、一見ぶっきらぼうな男の子。はじめは苦手なタイプかもしれないと身構えたけれど、すぐにそれは私の勘違いだということがわかった。新しい環境に緊張はつきものだ。隣り合わせた座席で私たちは言葉を交わす。初対面の私に大学でやりたいことをあれもこれもと話す彼の表情はいきいきとしていて、瞳を輝かせる横顔はすぐに私のこわばりを溶かした。

 他の人からしたら「たったそれだけのこと?」と思われるようなささやかな出来事だった。だけど一目ぼれするのには十分すぎるくらい心を動かす出来事だった。彼が自分自身で切り開いた道を進もうとする姿は、私にとってこのうえなく魅力的に映った。いろんな学科から人が集まっているこの場所で、今日が終わればもう会えなくなってもおかしくない。その時私は、新歓初日で隣り合わせたユウキの連絡先を聞かなければ、絶対に後悔すると思った。私はいつになく能動的に動いて、自分の小さな望みを叶えた。これから始まる大学生活が一気に色づいて感じられた出来事だった。

「ユウキが来てくれたら嬉しい。きっと楽しいよ」

 色気のない受験期から解き放たれてまもない大学1年生のノリ、というのは確かに存在して、私も例に漏れずその熱に浮かされていった。友達の家でたこ焼きパーティをするだの、借りてきたDVDで夜通し映画を観るだの、ゆるくて楽しそうなイベントは日替わりで続いた。仲間うちでの集まりの話が持ち上がるたび、私はユウキへと声をかけた。私は彼とサークルの懸け橋になったような気持ちで、彼への誘いを絶やさなかった。
 
 ユウキは忙しい合間を縫って、時間の都合がつくときのは私の誘いに快く応じてくれた。ほかとの優先順位をつけた結果、同じサークルへの入部はしなかったけれど、私からの連絡が多かったことや、好きな映画やアニメが重なっていたこと、帰り道にふらっと寄る書店が好きという共通点もあり、ふたりの距離は急速に縮まっていった。

 知り合ってから1か月やそこらで、お互いの連絡はおはようで始まりおやすみで終わるようになった。勘違いの可能性は捨てきれなかったけどノリにノっていた私は突き進んだ。

「確信があったわけじゃないけど、好意を持ってくれていることには気づいてた。……俺から言えなくてごめん」

 思いを募らせた私がメールで告白したときに、時間を置かずに答えてくれた言葉だ。すぐに電話がかかってきて、私たちは付き合うことになった。どうやらユウキも私を気になる人として意識してくれていたようで、告白の返事をもらえた以上にそのことが嬉しかったのを覚えている。まさかこんなにとんとん拍子に事が運ぶとは思いもしなかった。なぞの積極性を発揮した甲斐もあって私は人生のピークを疑うほどの幸せを手にしたのだった。

 体験入部のあと結局ひとりで加入したサークルは、厳しくも和気あいあいとした雰囲気があって同期も先輩も好きになれたし、活動自体にものめりこんで充実した毎日を送れている。

 疲れていたり落ち込んでいたりする時はメールや電話で互いに励ましあって、ユウキも忙しいながら月に2回くらいは会うための都合をつけてくれた。頻繁に会えなくても、お互いの存在が日々を頑張る糧となるような、とても前向きな恋愛だ。

「時間作ってくれてありがとね。嬉しいけど、ちょっと申し訳ないな。いろいろ掛け持ちしてるのに大変じゃない?」
「別に俺はナマエとのことは予定だと思ってないよ。無条件に、会いたいから会う特別枠みたいな感じだから、そういうことあんまり気にすんなよな」

 照れ屋でぶっきらぼうな男の子だとと思っていたユウキは付き合ってみると結構さらっととんでもないことを言う人で、私は嬉しかったり感心したりと心が忙しかった。

 だけど、こんなにたくさんのことに取り組んでいるのに、私に時間を割いていて大丈夫なのだろうか。幸せの中に卑屈ともとれる考えがひっそりと顔をのぞかせる。

 何が、とは言わないけれど、付き合い始めてしばらくしてから、私はSNSで自分が抱える不安を口にすることが多くなった。自分の作り上げたタイムラインは人の往来がありながら自分の部屋のようなプライベート感がある。日記のような、覚書のような使い方が自分には合っているのだ。ぼんやりと抱えているものを言語化することは胸の内の整理にもなるし、頑張ろう、と自分を鼓舞する意図もある。スマホに逃げ込んで、たくさん壁打ちして、自分は自分との折り合いをつけた。

 タイムラインの住人たちも、つぶやきの扱いの不文律をわきまえた玄人の集まりで、程よく受け流したり、重くならないライトな応援をリプライしてくれたりした。なくてはならないこの場所で、私は私を保っていた。

 限られた時間の中でも一緒にご飯を食べに行って、興味のあることを話して、行きたいところに足を運んで。一人でも楽しめた様々なことは、二人でなら倍以上に楽しくて、こんな日々がずっと続けばいいなと思っていた。

 ユウキの日常は相変わらず多忙を極めていて、学業の傍らたびたびヤマブキやコガネなどの主要都市とホウエンとを行き来する生活を送っていた。近況はメールや電話で私のもとへと届けられ、なるほど今度はこんなすごいことに取り組んでいるんだなといちいち感心している。メールに添えられた写真は紛れもなく自分へ体験を共有するために撮られたものたちで、その事実が私をまた自惚れさせた。

 私は私で、自分が打ち込んでいるサークル活動をはじめとした近況報告や、活動拠点であるこの大学周辺のこと、興味のあることを写真におさめ、ユウキに返事をした。

 大学内にいるカップルたちは頻繁にお互いの家を行き来したり、サークル内での健全な恋愛に明け暮れたりと、日々近い距離で二人の歴史を積み上げていく。一方で遠距離恋愛のような日々を送る私はそんな様子を羨ましく思うこともあったけど、私がユウキに不満を抱くことはなかった。日々を忙しく、自分から多方面に顔を出して、それであちこちから必要とされ飛び回っているユウキこそ、私が好きな彼だからだ。やりたいことがあるならばなりふり構わず打ち込んでほしいし、忙しければしばらく連絡がおろそかになったっていい。とはいえ疲れた時には遠慮なく戻ってくればいいし、なにもしないで一緒に休憩するのなんて最高だ。待てるし、応援もしたい。私は、そんな風に考えていた。

 どうしてこうなっちゃったんだろう。

『一緒にいて楽しいけど、ナマエがどうしてほしいのかわからなくなる時がある。それで気持ちが引っ張られる。それでもやりたいことや時間は待ってはくれない。自分が止まっている感じがして焦るんだ……いまは少しの時間さえ惜しいと思う』

 あの頃わたしたちは、恋人という不確かなつながりだけど、確かにお互いのことを大切に思って同じ時間を過ごしていた。どうすればよかったのかなんて、考えても仕方のないことばかりが頭をめぐって、体の中をじりじりと焼いた。


→至遊歩道



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