→至けものみち



 ハッピーちゃんという人物を覚えておいでだろうか。私が所属するサークルの同期だ。ゴールデンウィークの遠征で、理由は違えど共に荷物をサークル棟に置き去りにし、先輩の大目玉をくらった問題児同士である。彼女と私は大学で共通の授業をいくつか取っているようだったので、週に2コマ程度一緒に授業を受け、そのままの流れで昼食をともにしている。

「ハッピーちゃんそれめっちゃ好きだよね」
「ハッピーちゃんじゃなくて、ハルカだってば!もうナマエはわすれんぼさんだなあ!」

 今日はおたがい昼食後に空き時間のある日だったので、高らかな(ハッピーちゃんだけ)ごちそうさまのあとも学食のトレーを返さないままグダグダとお喋りしている。細かいことを言えば、昼食後のおやつにハッピーちゃんがハッピーターンを食べているのをボンヤリ眺めているのだ。会ったときはなにかとこれを食べているのでたぶん好物なんだと思う。

 ほんとうは名前なんてとっくに覚えていたし、できればタイミングを図って名前で呼びはじめようかなと思っていたのだけれど、むしろこれだけ要素が揃っているのにハッピーちゃんと呼ばないなんて、そんなもったいないことできないと思って以来そのまんまだ。

 呼び名なんて呼ぶ人の勝手だけど、正直ハッピーちゃんをハッピーちゃんと呼ぶことに誰も異論はないと思う。あと付け足すなら、出会って数ヶ月の付き合いになるのに名前を忘れちゃうようなやつは忘れんぼさんでは済まされない。

「ねえねえ、ハッピーターンにかかってるこの粉ってハッピーパウダーっていうんだよ!すごいよね。すごいよね!」
「すごーいねーハッピーちゃん」

 たしかにそれは豆知識だと思うけどこの子はどこまで自分のハッピーキャラを突き詰めるつもりなんだろう。これらすべてを意図せずやっているというのだからおそろしい。次にハッピーちゃんと呼ばれることを嫌がったらそろそろ怒ってもいいと思う。

「も〜どうしてハッピーちゃんって呼びたがるの!もう、二人そろって意地悪なんだから!」

 早速すぎてもはやエンターテイメントである。怒れるはずがない。

「え?やっぱりハルカをハッピーちゃんって呼ぶ人他にもいるんだ」
「そうだよー、あっもしかしてあいつがナマエに吹き込んだのかな!」
「あーいやいや私は自分で思い至って勝手に呼んでる」
「ぎゃふん!」
「というか吹き込まれたとかなんとかって、私の知ってる人?」

 その人もきっと同じような発想から同じあだ名をつけたのだと思う。話が合いそうだ。私の知っている人なら話も早い。ぜひともハッピーちゃんという生命体の謎について語り合ってみたい。

「え?知ってるもなにも、ナマエとお付き合いしてるんじゃないの?」
「……どこに?」
「ちがうよおー!わたしもよくわかんないけどぎゅってしたりとかちゅーしたりとかするおつきあい!……えっ、ということはナマエもしてるの!?ユウキくんと」
「ちょちょ、待って待って待ってくださいお願いします!説明を、できるだけ、でかくない声で!お願いしますハルカさん!」

 ここが誰がいつ通りかかるともわからない学生食堂であるということを忘れている。ハッピーちゃんはなかなかの興奮状態であったが、ハルカと呼ばれたことに気をよくしたらしく、ニヤッと笑って言葉を止めた。これは使える。多用しなければここぞというときに役に立ちそうなので、普段はやっぱりハッピーちゃんと呼ぶことにしよう。

「知ってたの?」
「知ってるよ」
「言ってよ……」

 別に隠していたわけではないが自分が自覚しないまま周りに知られているというのはなんだか照れくさい。

「ん?あれ、ハッピーちゃんとユウキってなにつながりなの」
「あーちゃんとハルカって呼んでよー!わたしとユウキくんは同じ高校だったのです!クラスは2年生のときだけ一緒!」
「ほう」
「しかもユウキくんうちのサークル新歓きてたでしょ」
「お、おう」
「結局本入部はしなかったけど……そう、だからわたし最初はびっくりしたんだよ!知ってる人同士が知らないあいだに仲良くなってて不思議な気分だった!」
「ご、ごめん」

 ユウキとの仲もサークル新歓がすべてのはじまりだと自覚しているので、この単語をストレートに出されると後ろめたいことがなくてもぎくりとした。

「ねえねえ!ナマエは今ユウキくんとはどうなの?」

 はじまった〜〜〜〜〜ガールズトーク!そして出、出た〜〜〜〜〜他人の恋愛事情をちらつかされると前のめりになって根ほり葉ほり聞き出そうとするのに自分に白羽の矢が立った途端に無口奴〜〜〜〜〜私です。

「そんなことよりさっきの話の続きしてよ。ハッピーパウダーって結局なんなの」
「え!?」

 話題の切り替え方としてはかなり苦しい。が、さっきまで小川のせせらぎだと思って聞き流していた話を蒸し返すとハッピーちゃんは見事にこちらの策にはまったようである。水を得た魚のごとし。あの絶妙な味付けのすばらしさだとかおせんべい本体表面の凹凸状ハッピーポケットがパウダーをキャッチするんだとか、ハッピーターンに関するアレコレを身ぶり手ぶりを交えながら饒舌に語っていた。女子大生二人というよりは工場長と工場見学客の関係性みたいな昼下がりだった。

 ちょっとズレたヘンな女の子。突拍子もない発言にげんなりすることもあるけれど、一緒にいても息が苦しくならない女の子。
 ハッピーちゃんとは今度、女子会でもしようと思う。ハッピーちゃんの高校時代の話を聞いてみたい。あくまでハッピーちゃんの高校時代の話だ。うん。




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