→至絶賛未練タラタラ道


 私が師匠と仰ぐ人物の話をしよう。

 できた人物のすごさというのは、必ずしも重ねた齢に比例しない。なんと師匠は私と同じ年齢なのである。次に挙げるとするならばその身軽さ、フットワークの軽さだ。節操なく色々なことに手を出しすぎているだけだと本人は言うが、良質な情報があれば多方面へ赴き自分の可能性を試そうとするそのすがたは、手本にしなければならないものだと常々思いしらされる。そして、特筆すべきは意志の強さである。師匠は自身のための決定をけっして他人に委ねない。編まれる意思ももちろん他人に依存はしない。ある意味頑固だとも取れるのだが、私はぶれることのない芯の持ち主だと考えている。

 そんな師にももちろん欠いたところはある。師は時折人物のなかに子供をちらつかせることがあった。好奇心を持ち続けるという意味では無くてはならないものだが、私の中の母性が、その性質の中につかみどころのない危うさを感じ取ってしまうことがあった。何を言いたいかというと、たとえば眠い時はバチバチに機嫌が悪いだとか、楽しみにしていた予定がなくなると大丈夫って言いながらあからさまにしょんぼりするところとか、しっかりしてるくせに少年じゃん、可愛い生き物め……みたいなことを思わせてくる恐ろしい子なのだった。

 そしてここからは昨晩の通話から遡ること約半年ほど前。未練たらたら女が誕生する前、サークル遠征地のシンオウから師匠に連絡をとった時の話である。


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「ごめんなさい本当ごめんなさい夜分遅くに失礼します……電話の承諾ありがとうございました。短くまとめて長くならないように話しますのでなにとぞ」
『前置きが長い。わかったからちゃんと聞くから早く話せって』

 夜中に泣きつくように電話をかけた。きっかけはサークル合宿の、遠征地での失敗であった。

 話はこうだ。遠征で現地に運ぶ荷物があった。それはしたっぱである1年生(私)が持っていくものであった。しかしあろうことか出発当日、荷物は部室に置きっぱなしのままになっており、それに気づいた先輩がかわりに重い荷物をここホウエンから遠くシンオウまで運んでくださったというのだ。粗相をはたらいてしまったことの罪悪感だけで死にそうになっていたところに、こんなのは例年ありえないことだとこっぴどく叱られ、私は立場を悪くしたのである。
 ことの大きさは重々承知だったが、先輩のフォローがなければ遠征は滅茶苦茶になっていただろうし、正論以外のなにものでもなかった。もちろんきびしくもあるけれど、普段サークルの先輩方はとてもやさしい人たちなのだ。

 ただもう心はずたずたになっていた。いちおう弁解させてもらうと、私は遠征前週にインフルエンザにかかり、お叱りいただいた先輩とは別のフランクな先輩に、「インフルなら仕方ないじゃ〜ん!」とお仕事免除のお達しをいただいていたはずだ。「荷物はほかの子に頼んでおくから気にせず早く治しなね〜!」と星付きで言ってもらえていたから私はすっかり安心していた。

 体調が落ち着いて遠征当日に間に合ったため急遽参加することになった私が遠征先ではじめに見たものは、なにか言いたげな顔をした上級生の姿だった。どちらかというと他人の顔色に敏感な自分は「ああ、私きっとこの人たちを怒らせたんだ」とすぐに悟った。

 今思うと私が自分でほかの部員にきちんとお願いするべきだったと己の詰めの甘さを後悔している。後から確かめるとフランク先輩の記憶は遠征前夜祭(?)の酒で消し飛んでいた。酒が人をダメにするのではなく酒は人のダメさを露呈させるというが、例に漏れない人間っぷりだった。

 いろいろと理不尽だったがそもそもの原因は体調を崩した自分自身にあるし、私は涙をのんだ。もう一人ウッカリ自分の担当荷物を忘れてきたハッピーマインドちゃんがいたが、その子が「人間だれしも忘れることはあるよ!」とケロッとしていたのが信じがたかった。ハッピーちゃんに「私たちうっかりしてたよね〜」と一緒くたになぐさめられて余計しょんぼりしたことは忘れない。

 先輩がたには状況的にとてもこのつらさを吐露できなかったし、同輩たちは移動の疲れで皆すでに休んでいた。ハッピーちゃんは怒られたあともスーパーハッピーだった。そうして合宿場を飛び出し高速でダイヤルした恥ずかしい記憶がある。師匠は眠さ故の不機嫌な声ながら、なかなか話しだそうとしない私を急かすことはしなかった。

「うう……サークル遠征で、先輩にしかられましたっ、」
『鼻をかんでから答えろ、なにをやらかしたんだ』

 安心とは恐ろしいものである。師匠の第一声を聞いた瞬間に、今まで涙をせき止めていたはずのダムのようなものが音を立てて崩れ落ちた。私は先ほどまで終わりの見えない弁解を頭の中でぐるぐると考えていたはずなのだが、いざ開いた口からは本の目次にも満たないようなわずかなことばしかでてこない。与えられた的確な指示に従い、ぐじゅぐじゅいわせながら鼻をかんだ。

「先輩にだめだめっぷりを露呈してしまいしにたいです」
『プレー面でか』
「上下関係的な面です」
『誰が悪いんだ』
「……私です」

 師は黙りこんだ。さっきまであんなにちくしょうちくしょう!と思っていたのに内容がつたわるようなワードがひとつも出てこなかった。これはしっかりしろよ馬鹿者、と一喝されて終わってしまう。しかし、わかっていてもありのまま伝えることはできなかった。もしかしたら私は師匠に、失敗を人のせいにするような奴だと思われたくなかったのかもしれない。こんなところで保身がはたらいた。私は私がもどかしかった。

 この時は気づきもしなかったが、電話の間、私はネガティブ思考のスパイラルに陥っている。原因うんぬんよりも私の考え方のほうがよっぽど問題だった。しかしこの時の私はそんなことにも気づかず、ずぶずぶと泥沼にはまっていたのである。

『ナマエあんまり自分のせいだと思ってないだろ』
「えっ」
『詳しい事情はわからんけど、きっと理不尽を飲み込んだんだな』
「ええっ」
『そういうのは、偉いと思う』

 師匠の洞察力はなみはずれたものであった。私の心のわだかまりの核を見つけて隠された中身まで見通してしまうのだ。

「なんで、わかったの?」
『なんとなくだよ。それに、だから行き場がなくてわざわざ電話してきたんだろ』

 なにそれぇ……って思わずにはいられない。母性うんぬんの前に女子である私はそりゃあもうこのお方の虜になってしまうわけである。師匠ほど私の傷口に薬を塗るのが上手い人物は見たことがない。

 こういわれてしまうと保身も口下手ももはや意味をなさない。私は事のいきさつの説明をすっ飛ばして、これからは体調管理も気を付けるしもっと気配りできる人間になると泣きながら今後の抱負を語ったのであった。

 師匠は私に余計なことを訊かなかった。単純に眠かっただけかもしれないが私は師匠の多くを語らずに受け止めるようなイケメンタル具合に心酔していた。馬鹿はおだてられなくとも木に登る。私はひとつ大事なことを忘れていた。師匠は愚か者に厳しく、どうしようもないくらいにやさしいのである。

「もうしわけないです金輪際こんなことがないように気を付けますごめんなさい」
『いや別にいいけどこんな時間にいきなり電話はやめてほしい。俺は眠いんだ』
「あの、ちなみに今どこですか」
「ヤマブキのホテル。明日は5時起き」

 1時37分だった。私はそっと部屋に戻り、鍵アカウントで師匠、そして恋人であるユウキへの愛を叫んだ。




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