→至通話続行ルート



「どうも、さっきぶりです」
『はい、さっきぶり』

 こんばんはを言い直すのもなんか違う気がして謎のあいさつを交わす。こちらのノリに合わせてオウム返ししてくるところがとても可愛いです。

「気にせず作業続けてください」
『うん』

 先ほどの電話では、ながら作業にせず手を止めて通話してくれていたが、ここからは作業通話になるため気遣いは不要だ。基本的に聞き流してもらうスタンスで他愛のない世間話をするが、電話口からはちゃんと話を聞いていたことがわかる相槌が返ってくる。間延びした返事なんかはひとつもない。
 少し間をおいて、たしっ、というエンター音らしきものが聞こえた。それに続く達成感を滲ませた溜息からして、PC前で伸びをしている姿が目に浮かぶ。

『いまひと段落した』
「お疲れさまです。話しながら何かできるのすごいね」
『別にすごかないよ。俺はラジオみたいにちょっと楽しんでた』
「いやぁ、またまた」

 あなたしっかり的を射た応答してましたからね。お世辞かもしれないけど、私のくだらない話をそういう風に聞いていてくれたのはちょっと恥ずかしいし嬉しい。湧き上がる感謝の気持ちに感じ入っているとまたタシタシいい始めた。ひと段落の次は休憩時間ではないのだろうか。とことん自分を甘やかすことを知らない人だ。

『んーと、えー、Date of birth、Major……』
「こんどはいったい何を」
『今、あれだ。application、応募フォームだな』
「なんだっけ。海外インターンのやつ?」
『そうそれ。個人情報のとこはまあ埋めるだけだからいいんだけどこれから志望動機を書かなきゃならなくてさ』
「英作文みたいな?」
『英作文だな』

 このひと相変わらず意識高いことやってんな。大学生たちががサークル活動と飲み会に精を出している傍らで着実に自分の市場価値を爆上げしている。彼がよく利用するSNSがフェイスブックというあたりがよりそれっぽくて恐縮している。一方の私は、ツイッターにて2分前に神絵をリツイートしてから、推ししか勝たんと呟いたばかりであるからなおさら恐縮している。英語苦手なんだよな、などと唸りながら要項を埋めているさまをニヤニヤしながら聞くのもいとをかし。顔が見えない通話方法を選んだ自分を褒めてあげたい。

『あのさ』
「はいなんでしょう」

 ゆるみきっていたところに自分へ向けた声がかかり、気を取り直す。顔はどうみても切り替えきれていないが、これはやはり電話であるから問題ない。

『海外に出て経験を積む、って感じのことを書こうと思って、でもforeign countryって、こういう文脈で使ったらなんか違うよな』
「え?ああ……なるほど」

 どこまで真面目なんだこのひと。私なら多少表現が適さないように思われても代替案が浮かばずやっつけ感覚でそのまま使ってしまうのに……提出先が講義担当の教授でないからこその真面目さだとしてもだ。

『国内の人に使う分にはいいんだと思うけど、向こうの担当者に直接送るわけだ』
「それってうちとそとの考え方的な?うーん……わかんないけどOther countriesとかにしたほうがいいんじゃないの、自国に対しての他国って感じで」
『なるほど』

 カタカタと打ち込む音が聞こえた。感覚的に答えたものを採用されてしまったことに恐れおののく。こういう教養やひらめきを要する話題には下手に口出しするものではない。合っているかもわからない。ただ、先生でもなんでもない私の考えが、ある程度の納得をもって取り入れてもらえたのだとしたら、それは少しだけ誇らしく思える。ほんの少しでもわたり合いたいと思うのはオトメゴコロだと思うのだけど、それを叶えるにはもっと勉強する必要があるようだ。単純な私は、何度目かの無言とともに訪れた電話の向こうの作業の気配を感じながら、傍らのタブレットで英会話のテキストをポチる。

『んー、たぶん大丈夫だと、思う』
「終わったんだ」
『終わった。いや、終わ……うん、終わらせた』
「適当適当」
『うるさいな』

 てきとうにやっつけたのではないことくらいちゃんとわかっている。納得がいっていないだけかもしれないけど、謙虚さゆえにこういう言い方になることもわかっている。私が知る人となりのままであることに、少し安心してしまった。

『あ〜眠い、俺は寝る』
「うん、付き合ってくれてどうもです」
『それは別に』
「やさしー」
『うるさい早く寝ろ』
「じゃあ、おやすみなさい」
『うん、おやすみ』

 ぷつりと通話が切れる。熱を持ったままの端末を枕もとの充電コードに繋ぐ。ベッドに手足を投げ出して深くため息を吐いた。充実した時間だった。それは間違いない。
 だけど顔を見ないまま声だけ聴くと、自分に都合よく情報を補完してしまっていやになる。彼の「迷惑なんかじゃないよ」というメッセージが自分に向けられているような気がして、意味ありげにとらえたりなんかしてしまって、そんなこじつけをする自分があさましくなった。

「やっぱ駄目だ、まだ好き」

 半年ぶりのまともな会話だった。彼は私の恋人だった。過去形だ。つまり、今のは元カレとの久しぶりの電話。何を隠そう、私は過去の恋愛絶賛引きずり中のダメダメ女なのである。





→至絶賛未練タラタラ道



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