右も左もみな待ち合わせと思われる人だかりの中、人の壁をすり抜けながらアトリさんを連れて大通りに出た。流石ラジオ塔は街のシンボルと言ったところか。圧倒的な存在感を放つランドマークの前は待ち合わせに最適の場所だ。そして今日は夏祭りの初日。やっぱり考えることはみな同じである。

 祭りは昼過ぎ頃からにぎわいをみせていて、少し歩いただけなのに見たことのないポケモンを連れ歩く人をあちこちで見かける。非日常を連れて来る太鼓の音に自然と胸が躍った。音を聞いただけでワクワクしてしまうのだ。人混みは疲れるけど、祭りの空気は大好きだ。混雑から解放された俺は、改めて彼女に向き直った。


「今日は浴衣じゃないんですね」
「あ……浴衣で来た方が良かったかな」
「いえ、構いませんけどね」


 俺は決して期待をしていたわけじゃない。夏祭りといえば浴衣という概念自体、街に出向くまですっかり忘れていたのだ。ただ大通りを歩く女の子たちの姿を見て、アトリさんも浴衣で来るんだろうなって勝手に予測していただけ。


「浴衣は持ってるんだけど、はりきりすぎてるみたいになったら恥ずかしくてちょっと尻込みしちゃった」
「いえいえ、ちなみに何色だったんですか」
「うん?紺色」
「残念です……いや、えっと、俺紺色が好きなんで」
「そ、そうなんだ?」


 おっといけない。口が滑った。苦し紛れに付け足した言葉で俺は謎に紺色好きをアピールしてくるキャラになった。はりきってくれて大いに結構、なぜなら俺もものすごくはりきっている。今更ながら俺が浴衣で来るって言っておけば、そして着てくればよかった。なにせ天下のコガネシティにはなんだって売っている。


「そういえば昨日の電話びっくりしたよ。18時待ち合わせじゃなくてよかったの?まだ花火まで結構時間あるみたい」
「あ、ああ……気が変わったというか、変えられたというか……」
「ヒビキくんなんか疲れてるみたい。大丈夫?」
「わ」


 顔を覗き込まれて思わず体を引いてしまった。気づいたアトリさんもごめんと声を漏らしぱっと身を引く。謝る必要はまったくないのだけれど、顔が火照ってまともに彼女の顔を見られない。視線を泳がせながら「いやいや、大丈夫っす」と返すのが精一杯だった。

 いやいや待て待て、こんな中学生日記のような空気じゃ、変更を強いられた鉄板デートプラン(仮)が台無しになってしまう。さっきアトリさんが言った通り、花火までの時間にはまだかなり余裕があるのだから、この変更が無駄じゃなかったと思ってもらえるように行動しなければ。


「じゃあ、行きましょう」
「え?あ、うん」


 花火を見る場所は、自然公園のゲート前。大抵の人は街中で花火を見るようなので、多少遠まきになるがそこはほどよく人ごみを避けた花火の見える穴場としてカップルに人気があると聞いた。しかし俺は、すぐにコガネの北ゲートには向かわずに、とある場所へと向かう。


「どこか寄って行くの?」
「とりあえず今日の記念撮影、ですね」


 着いた先はコガネのゲームコーナー。目的は勿論スロットではなく、引き換え場の脇のアレだ。


「わあ意外。もしかしてヒビキくんこういうの慣れてる?」
「そんなわけないでしょう……。いままで俺とは縁のなかった場所です」


 スレたおっちゃん達の集うゲームコーナーには不釣り合いな女子達の列。今日ばかりはスロット利用客よりも断然多いんじゃないんだろうか。そう、今俺たちが並んでいるのは外観に派手な文字の踊るカラフルな写真機。世に言うプリクラというやつである。待ち合わせ時間を早めた理由の大半を占めるものは、まさにこれだ。なんでこのタイミングにこれなんだとアカネに抗議を申し立てたが、花火が始まる前が最もゲームコーナーがすいている時間帯で、しかも撮り終わった頃に丁度良く花火の30分前になるのだと説き伏されてしまった。何を根拠に言っているのかと問えばそんなのはカリスマの勘だと返された。適当すぎる。もちろんアカネに言い渡された時点では取り合う気は毛頭なかったが、そのあとミカンさんが、記念に残るものがどれだけ嬉しいかということについて切々と語ってくれたので、俺は首を縦に振るしかなかったのだ。

 実際カップルが多いのかと思いきや、周りを見渡せば女子同士のグループが大多数で、俺は完全に浮いている気がする。夕方だからと帽子をポケモンセンターに置いてきたことをひどく後悔した。


「恥ずかしい?」


 そう言うと、アトリさんは俺の洋服のフードを持ち上げ、頭にそっと被せてくれた。


「ごめんね、こういうの苦手なのに。連れてきてくれてすごく嬉しいよ」


 落ち着かない様子の俺の心境を察したのか、苦笑を交えながらも、はにかんだアトリさんにそんなこと言われたら、舞い上がってしまうじゃないか。居心地がいいとは決して言えない状況に背中がぞわぞわしているのに、ここに来て良かったとさえ思ってしまう。


「そりゃよかった、です……うん」

 きっと今顔は赤いだろうから頭を上げることはできなくて、フードを深めに被りなおしてうなずいた。






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ながいので一旦切ります



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