「18時にラジオ塔の前です。それじゃあ、また明日に」


 ぷつり。通話の回線と共に、俺の背を吊る緊張の糸が切れた。電話って直接会って話すよりも断然緊張するな。顔が見えない気楽さよりも、言葉通り伝わるかという不安が上回ってしまう。

 たった今取り付けたのは、今週一週間続けて行われるコガネの夏祭りに行く約束。付き合いたてで夏祭りでのデートなんてベタかもしれないが、彼女がいながら夏祭りに行かないなんてそんな宝の持ち腐れのようなことは俺にはできなかった。正直めちゃくちゃ憧れていたのだ。ちょうど初日の明日は大掛かりな花火があがるらしく、折角だからその日を狙って行くことにした。

 待ち合わせは明日の夕方6時。夏祭りまではまだ丸1日以上ある。気が早いのは承知で、今日はコガネのポケモンセンターに宿をとっておいた。街に出てきたついでに、デパートに出向いて旅の必需品の補充をするとしよう。今日の自主トレは休みだ。不要な荷物は部屋に置いて、身軽にポケセンの自動ドアをくぐった。空は雲ひとつない青。きっと明日も晴れるだろう。

 しかし、さわやかな気候に気分が良くしたのも束の間、ポケセンを出て早々、サングラスを掛けた三人組の怪しい集団に取り囲まれてしまった。思い思いの服装にサングラスだけを揃えたそのいでたちはいかにも「ごっこ」を彷彿とさせて、一言で言えばもはや即興のコントである。無言でスルーしようとしたら進路を塞がれて逃げることはかなわない。見たところ三人とも女性のようだけど、果たして俺にそんな華やかなグループの知り合いはいただろうか。力づくで押しのけるわけにもいかないし、関わりたくないという願望ははかなく潰えてしまった。


「ウチら全然怪しいもんやないねんで、そんな怖いカオせんといてや」
「そ、そうです、太陽が眩しいだけです!」
「ミカンさん余計なこといわないの」


 どうやら右の女性はアサギジムのミカンさんらしい。なるほど。でかいサングラスで顔がわからなくても、あの特徴的な髪飾りを隠せていなければ意味がない。ならこの真ん中のうるさいのはアカネか。左のちっちゃいのは多分ツクシ。訂正、女性三人ではなく一人は男の娘……いや、少年であった。ちょっとまて、ジムリーダー三人が揃いも揃ってこんな真っ昼間から何をやっているんだ。


「今日は全国のジムが一斉にお休みになる都合のいい祝日です」
「心読まないでほしいけど解説をありがとう」
「当然です」
「でも俺今忙しいんだけど……」
「そないなカタイこと言わんでええやん、ちょおこっち来てや」


 ツクシがジムとか言ってしまっているがいまだ正体を明かさないアカネにぐいぐいと腕を引っ張られ、状況がのみこめないうちに近くの喫茶店に押し込まれてしまった。


「ふっふっふ……いきなり怪しい三人組に囲まれてもうてえらいビビったやろ!しかしその正体は、ばーん!コガネジムの美少女アカネちゃんや!」
「ヒビキさん、騙してごめんなさい……」
「ミカンさん大丈夫騙せてなかったから」


 正体はとっくにわかっていたものの、こんなに盛大にタネあかしされたらもう一周回って清々しい。思いのほか声が通ったようで、喫茶店の客という客の視線が一挙に集まり、このテーブルは今や、すっかり注目の的だ。しかしアカネが再びサングラスをかけ周囲を見回した途端、全ての視線がそそくさと逸らされた。仕事中のかっこいいジムリーダーのすがたならさておき、こんな怪しいオフのすがたを見せつけられては関わりあいになりたくないというのが人の心。俺も関わりたくはない。「そういうわけです」と冷静にグラサンを外したツクシだけは変装自体がバレバレなものだったと自覚していたらしい。ここでしらけた空気を持ち直すようにアカネが咳払いをした。ミカンさんがぴしっと姿勢を正す。


「早速でアレやけど、ウチらヒビキに聞きたいことがあんねん」
「はあ、なんでしょう」
「じぶんアトリさんとお付き合いしてるって本当なん?」
「えっ」
「あれ?違いましたか」
「え、は、なんで」
「ヒビキさん明らかに動揺してます。図星ですね?」
「なっ、何でお前らが知ってんだ!」


 アトリさんか、あるいはハヤトさんあたりから聞いたのかもしれないが、いかんせん情報が早すぎる。人の口に戸は立てられないとは言うがおっそろしいジムリネットワークがあったもんだ。


「この間の夜お二人でアサギの浜を歩いているのを偶然見てしまって……」
「楽しげだったそうですね」
「もうなーこれはそういうことやとしか考えられへんよなあ」


 おそろしいことには変わりないが情報網というよりはただ単にばっちり見られていた。夜の浜辺だったし誰ともすれ違わなかったから、当然人には見られていないもんだと思っていた。しかしミカンさんは盲点だった。アカリちゃんのようすを見に行った帰りか何かだったのかもしれない。ミカンさんは他人のプライベートを無闇に勘ぐったりはしないので、おおかたアカネが面白がって話を大きくしたんだろう。アカネがにやにやとこっちを見てくる。


「そーだよ悪いかよ」
「やっぱりそうなん!?え、いつから、いつから?」
「お前には関係ないだろ」
「固いこと言わんといてや、ウチらの仲やんか」
「ジムリーダーと一介のトレーナーだ。それ以上でも以下でもない!」
「勿体ぶらんでもええやん〜減るもんでもないねんから〜」
「いきさつはわかりかねますが、ヒビキさんに彼女がいるってちょっとウケますね」
「ほっとけ」
「ほら、彼女へのスマートな接し方がわからないヒビキさんの相談に乗ってあげますから、さっさと経緯を説明してください」
「困った時はお互い様ですから、遠慮しないでください!」


 ミカンさん、俺は恋愛沙汰で困っているんじゃない。まさに今この状況に困っているんだ。しかし厚意100パーセントのミカンさんの申し出を断るわけにもいかず、俺は結局アトリさんとのことをつまびらかに話すことを余儀なくさせられたのである。俺もだれかに話したかったとか、そういうことではない。決してだ!


「なるほどなあ、話は大体わかったわ。で、ちゃんと夏祭りにはアトリさん誘ったんやろな?」
「あたりまえだろ。明日行くことになった」


不慣れなりにこのくらいのセッティングはしているぞと俺はちょっと得意げになる。すでにポケモン以外はからっきしという男からは卒業したのだ。


「明日は花火の日やね……待ち合わせ時間は?」
「18時だけど」
「あかんなんで18時!?」
「花火は30分からなんだし、十分余裕とってあるだろ」
「あほ!場所取りして花火見てちゃちゃっと帰るつもりなんか!?」
「別に花火見にいくのが目的なんだから……」
「だ〜〜〜っなんもわかっとらへんな!ヒビキ!今なら間に合う!今から言うデートプランに変更せえよ!」
「は!?」
「ヒビキさん、今朝三人で考えたんです。ベタかもしれませんけど、鉄板のプランですから安心してくださいね」
「あ、言っときますけど、今日のところはヒビキさんの奢りで。相談料も兼ねて」


おい待て、ツクシお前さっきなんとかパフェみたいなの3つ頼んでただろ。






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