いつものように自主トレを終え、最寄りのポケモンセンターで宿泊手続きを済ませた。目ざましい成長なんてものは一日やそこらで見えてくるものじゃない。だけど俺もポケモンも、少しずつでも着実に経験値を積み上げていることは間違いない。そんな充足感で満たされる一日の終わりのこの時間が、俺は大好きだ。勝つことだけが大切だと思っているわけじゃないけど、トレーニングや、その成果を試すバトルを通してポケモンとの絆が深まるこの感じはもう本当にたまらない。

 カウンターから受け取ったモンスターボールをひと撫でして、脇目もふらずに部屋へと直行する。ああ疲れた疲れた。泥だらけの身体をリセットするべくシャワーを浴び、サッパリしたらそのままベッドにダイブ。あー気持ちいい!さて、あとはお待ちかね、楽しい夢の世界へと落ちていくだけ……。

 こうして俺は今日も平和な一日に幕を下ろすはずだったのだが、俺のルーティンワークは点滅するポケギアのランプによって一時停止を強いられる。待ち受け画面でマリルのポップアップが踊る。かわいい。じゃなくて、メールを受信したようだ。こんな時間に珍しいな。いったい誰からの連絡だろう。


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20XX0728 22:28
From:アトリ
(no title)
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こんばんは。忙しいなかごめんね。突然なんだけど、


私、ヒビキくんのことが好きです。
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「え……」


 ルーティンワークがなんだって?眠気はたった今どこかへ飛んで行ったぞ!

 これはいったいどういうことだ。ポケギアを握り締めていた手が震える。受信していたのは、キキョウシティのアトリさんからのメッセージ。文字数は少ないがいかんせん内容のインパクトが強すぎる。ポケモンにもトレーナーにも同じようにやさしく接してくれて、いつだって見返りも求めずにきのみなんかを分けてくれる、ちょっとお人よしともとれる人。よくお世話になっていると思うし、世間話はたくさんしたことがあるけれど、踏み込みすぎた会話はお互い控えていたような気がする。そんな彼女からのとびぬけて個人的な打ち明けのメールだ。

 そんなまさか。悪戯じゃないだろうな。もしかすると今日はエイプリルフールだったのかもしれない。随分タチの悪い嘘をつかれたもんだなあ……っていやいや、桜だって随分むかしに散ったし、今なんて虫とりのやつらが早朝にヘラクロスを追いかけ回すような時期だぞ。そんなイベントはとっくの昔に過ぎ去ってる。

 うまくまわらない頭の隅っこ、残っていた平常心が慌てて襟元をただす。動揺のあまり失礼な考えが頭をもたげたが、だいいち彼女はこんな悪趣味なイタズラを仕掛けてくるような人じゃないだろう。

 混乱した頭のまま何度も確認を重ねる。これが彼女から差し出された告白のメールだということは動きようのない事実だった。彼女の名前も俺の名前もきちんと明記されている。差出人違いでも、間違いでもなかった。

 信じられない。まさか俺にもこんな日が来るなんて。

 正直に言おう。ポケモンポケモンポケモン、ポケモンポケモン食睡眠。今現在このぐらいのペースで生きている俺は、恥ずかしながら生まれてこのかた愛の告白というイベントに関わった経験がなかった。したことも、もちろんされたこともない。実際画面上で最も存在感を放つ「好き」の2文字は、ついさっきまで俺とは無縁の代物だったのだ。多少の縁があったとしても、それはあくまで友好……ライクの話に限る。

 完全にパニックになった俺は、シャワー上がりで濡れっぱなしの頭のまま部屋をうろついた。握りしめたままの端末は目玉焼きがつくれそうなほどまで温度を上げている。ふと、ポケギアを手にして返信を待つ彼女の姿が頭を過ぎる。もちろんこのまま見なかったことにはしておけない。だいいち、布団に入ってメリープを何万数えてみたところで、このままぐっすり眠れる保証なんかありゃしないんだ。

 頭の中は最早ぐしゃぐしゃにかき混ぜたプリン状態で、カラメルソースが全体に行き渡ってしまうくらい色んな感情がないまぜになっていた。
 
 こういう気持ちってなんて言うんだっけ。テレビや本で見て似たような状況を知っているはずなのに、この気持ちをなんと名付けたらいいのか全くわからない。何か言わなきゃ、伝えなきゃ。なのに渡せるようなまともな言葉にならない。だんだん頭が痛くなってきた。

 時計の秒針よりも早く、バカみたいに騒ぎ立てる心臓の音が邪魔をする。ああもううるさいな!と叫んだら、隣の部屋のエリートトレーナーに壁ドンされた。うるさいのは俺か。




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