※諸々設定に捏造あり












「ヒビキのオオタチ、いつになったらあたしのポケモンと交換してくれるの?」
「だからいつも言ってるけどしないって……」

 幼馴染のコトネが俺に会う時、開口一番の決めぜりふがこれだ。俺の親友、何年間と苦楽を共にしてきた相棒を簡単に手放せると思うなよ。もうとっくに家族みたいなものなんだ。

 体は少し重たいけれど、風邪をひかないのは昨日温かくして眠ったからだろう。オオタチの下敷きになりながら朝を迎えた俺は、久方ぶりのウツギ博士からの連絡で目を覚ました。昨日の夜から着信があったようだが、日を改めて連絡をくれた博士からの呼び出しに、俺は寝ぼけた声で答えた。

 博士からのじきじきの依頼となれば断る理由はない。ふたつ返事で了承すると、助手のコトネが詳しいことを話すからワカバタウンまで来てくれないかと言われ、朝の通話は終わった。博士はこれから他地方からの来客にしばらく手を取られるようだった。俺の家のある始まりの街。前回立ち寄ってから、ずいぶん時間があいたようにも思える。最近考えることばかりが多くなっていたから、いい気分転換になるかもしれない。たまには自宅に帰って家族に顔を見せるのもいい。母さんもポケモン達もきっと喜ぶだろう。

 「博士、なんだか有名な学者のお客さんがお見えになってるみたいよ。あまり長居しないようにね」
 「へえ……誰だろう。わかったよ、ごちそうさま!」

 ひさびさの帰宅で母さんは張り切っているのか、得意な料理をいつもより多く作りすぎたみたいだ。だけど舌によくなじむ思い出の味に、箸が進んで止まらない。いけないとは思いつつ、自分の適量を超えて腹を満たしてしまった。ふるさとの我が家での昼食。傾きかけていた心のバランスをいくぶんか取り戻せたようで少し安心する。

 昔からの好物である母親特製のシチューをたいらげたら、日なたの庭で羽を伸ばす手持ちたちの中から、オオタチを連れて行く。オオタチは、母さんオリジナルのポケモンフーズを久々に食べられて機嫌をよくしたようだ。いつにもまして足取りは軽く、ブラッシングを終えた毛並みはつやつやだ。世話焼き母さんの久しぶりの行ってらっしゃいを背中に浴びながら、研究所へと向かった。

 研究所につくとすでにウツギ博士は来客とともに外出してしまったようで、コンピュータの動作音がひびく建物の中がいつもより静けさをまとったように感じる。オオタチとの再会を喜ぶコトネ恒例の挨拶のあと、博士の言付けを受け取る。

「博士が会えなくて残念がってたよ、あとありがとう、よろしくねって」
「俺も電話でしか話せなかったから残念だな。俺のオオタチの成長ぶりを見てほしかった。まああとでまた来るからいいんだけど」
「タイミングが合えば、もしかしたらミシロタウンのオダマキ博士にも会えるかもね。今日研究所に着いたんだけど、しばらくはジョウトに滞在するみたい」
「まじか……めちゃめちゃ会いたい……」
「オダマキ博士、ポケモンの生態を調査するとなればどんどん外に行って自分の五感で感じたものを研究に生かすスタイルだから、ここに居るよりも遠くまで行ったほうがばったり会う可能性は高いんじゃないかな」

 さて、と気を取り直したところでコトネは本題に入る。今回頼まれたのは、くらやみのほらあなでのノコッチの生態調査だ。

「まずはトンネルの階層ごとにノコッチにタグをつけて、タグにその場で印刷したバーコードを張り付けてね。そしたらしっぽと体全体それぞれをカメラで撮って、画像とコードを紐づけするの。あとはこれで、尾の周りをスキャンして筋肉量を測ってちょうだい。すでタグのあるコは継続的にデータを取っているから、もし見つけたらそっちも同じように測定してね。最初にタグのコードを読み取ると前回までのデータがわかるから」
「もっとアナログな感じだと思ってたけど、意外と進んでるんだな」
「かがくのちからってすげー!って思うでしょ。日々進歩してるのよ」
 
 これはノコッチが地面を掘り進めるための尾の発達のようすを見るものらしい。洞窟内では地下に進むほど地盤が堅くなるため、潜れば潜るほど尻尾の発達が進んだ、より練度の高いノコッチが生息していることが多い。あるノコッチがどのくらいの年月をかけてより深い地中へとすみかを移すのか、個体ごとの成長と、地下の深さに応じた変化を見るため定期的に訪れているようだ。

 今回はウツギ博士が不定期で不在とするため、コトネは日中なるべく研究所に居るようにしたい。そこで俺に今回の依頼が舞い込んだというわけだ。洞窟内のノコッチは地中に潜っており、人が通れるような地上の空間に出てくることは稀である。調査には根気が要りそうなものの、相手がなかなかお目にかかれないポケモンとくれば、がぜんやる気が出てくるものだ。

「真正面から近づくとすぐ地中に逃げられちゃうから、回り込んでわざでねむらせるか……もしくは壊せそうないわを砕いてさがすと驚いて飛び出してくるから見つけやすいよ」
「それならオオタチの出番だな」

 栗色の毛並みを確かめるコトネはその健康状態に太鼓判を押して、オオタチの喉元を撫でる。尾を振るオオタチのなきごえはどこかほこらしげだ。

「おりこうさん、元気そうでなによりよ。あなたもよろしくね。」

 オオタチはコトネの勝手知ったるという感じで、警戒心なく目を細めた。駆け出しのトレーナーと、ボールに入ったばかりのオタチだったころから知り合いのふたりが、大人になってこうしているのは、なかなか微笑ましいシーンだと思う。オオタチを手放すことなんて絶対にできないけれど、たまにならこうして会いに来るのも悪くないだろう。

「ふふ。あたしがほかでもないあなたのことが大好きなのには変わりないけど、あなたが『ヒビキのオオタチ』であることに大きな意味があったのかもね」
「なんだ?それ」
「あたしにとって、オオタチに会える時はヒビキに会える時だったからね。まあ今となっては、そんなこともあったなっていういい思い出というか。今はヒビキは年に1回くらい生きてるの確認できればそれで十分かなって思ってるよ」
「オイ」
「というわけでそろそろオオタチをあたしに譲ってくれてもいいと思う。お願い!」
「それはダメだ!行くぞオオタチ」
「ざんねん……じゃあまた今度ね。行ってらっしゃい」

 コトネは仕方なさそうに、だけど力強く俺の背中を押した。なんだかいま、少しそわそわするようなことを言われた気がする。だけどおそらくコトネの中ではもうはっきりと区切りがついたものだ。それを俺の背を押した手の清々しさが物語っていた。もちろん何度でも断るつもりだけど、コトネと会うたび相棒へのラブコールはやまないだろう。俺は幼馴染が明かした後日談に少しだけ驚きながら、変わらないままこれから先も続く関係のありがたさを実感する。それは俺の家や母さん、この町と同じくらい大事なものかもしれない。

 それと同時に、俺の頭をよぎるもの。俺はアトリさんと変わらないままでいたかったのだろうか。夜のアサギで会う前の、特別なつながりのない、ひとりとひとりの人間に。

 ……今は、洞窟からもどるまでは、頼まれたことに集中しよう。俺は、来週アトリさんに会いに行くということだけ決めた。




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