アトリさんのどんなところが好きかときかれて、俺はハッキリとした答えを見つけることができなかった。はじめは緊張もあったと思うけど、彼女にはずっと話していても疲れない不思議な心地よさのようなものがある。きのみをくれた時も、フードをかぶせてくれた時も、アトリさんのさりげないやさしさを感じてうれしかった。もちろんほかにも、人として尊敬する部分はいくつもあると思う。

 普通に人として接していても、そういう部分はきっと感じることができて、アトリさんのいいところだ自信をもって言えるはずだ。

 これが好きってことなのだろうか。付き合っているから、互いの日にちを、時間を合わせて会い、どこかへ出かけて何かをしようとすすんで約束をする。会う機会が多ければ、互いのいい部分が見えやすくて、いいなと思う機会も多くなるかもしれない。
 ただ、友達や先輩、バトルをしたトレーナー、そのほかにもたくさんいる人に対していいな、この人素敵だなと思うことだってたくさんある。友達とバトルの約束をしたり、なにか目的のために予定を合わせて出かけたりもする。何が違うといわれると、ちょっと難しい。俺には、アトリさんのここが好きだ、といえる自信がない。

 アトリさんは、俺のことをどう思っているんだろう。俺の何が良くて、好きだと、付き合いたいと思ってくれたんだろう。俺はうれしくて、断ろうだなんて思いもしなかったけど、軽率にOKしておいて、これでよかったのかなんて今更ながら思ってしまう。だけどあなたはどうなんですか、と面と向かって尋ねられる勇気はない。彼女には俺がどういう風に見えていて、何をしたいのか、してほしいのか、俺にはそれがわからないからだ。頭を使うのはそこまで得意とは言えないけど、人の気持ちよりも、答えがある物事のほうが、正解にたどり着くのが難しくないと思えた。

 夏祭りは楽しかった。他愛のない話もたくさんしたし、花火に照らされた横顔を見て、隣に並んで写真を撮って、細い腕や指の熱さを知って。デートっぽいことを、したと思う。友達との間ではおそらく起こらないであろうことがたくさん起きて、そのことで、俺のうるさい心臓を恨めしく思った記憶もある。
 楽しかったなとは、思う。また行きたいなとも思う。アトリさん、素敵な人だなと思う。だけど、好きかどうかがわからない。好きと言っていいのかどうかがわからない。

「……あんまし考えたりしないほうがいいのかな」
 
 今日はとても天気がよかったのに、慣れないことを考えていたせいか、自主トレにもなんだか身が入らなかった。いつもの半分くらいのメニューを終えたところで、ポケモンたちの休養も兼ねて切り上げることにした。俺のオオタチはまだやれると厚みのある毛並を膨らませていたけれど、浮かない顔の俺を見て、自分からおとなしくボールへ戻っていった。

 ベッドに転がしたボールが少しだけ揺れている。俺がため息をついているのを見て余計な心配をかけているなら悪いことしたと思う。俺の都合でボールに戻ってもらったオオタチをさらなるわがままでまた呼び出したら、今度こそ大振りのはたくを喰らったっておかしくはない。かえってぶん殴ってもらったほうが頭がしゃっきりするかもなと思ってベッドに寝そべったままボールから出すと、俺の上にのしかかってきてそのまま動こうとはしなかった。めちゃめちゃ重いし、でかいけど、もの言わぬ友達はじんわりと温かい。
 
「休めってこと?さすが俺のオオタチ」

 相棒には人間用のベッドは少し狭いかもしれない。だけどしばらくの間、ここにいてもらうのがきっと俺のためになるだろう。カバンからきのみを取り出してありがとなー、とオオタチの口に放り込めば、あっという間にそれは胃袋の中に消えていった。スリープのゆめくいじゃないけれど、俺のこんなモヤモヤした気持ちもオオタチに全部余さず食べてほしいよ。

 夏祭りの日、次回の約束は特にしないで解散した。また連絡しますと言いながら手を振ってキキョウシティから飛び立った。俺は彼女の恋人になったはずなのに、アトリさんに対して特別な何かを感じているわけじゃない。ミカンさんたちに会ったあと俺は不思議な罪悪感のようなものに苛まれ、いまだにアトリさんに連絡できずにいる。

 ポケギアが鳴っていたような気がするが、オオタチがあたたかくて、そのまま俺は眠ってしまった。
 


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