天気は良好、体調もわるくない。絵にかいたように穏やかな日曜日の昼下がり、ジムの裏手で相棒達のブラッシングをするのが憩いのひとときだ。丁寧に綺麗な羽根の流れを梳いていくと、素直に身を委ねてくる最愛の鳥ポケモン。まさに、俺にとっての至福の時間である。毎度のことながら自然と綻んでしまう表情につられて、傍らのアトリも眉尻を下げた。


「ハヤトは本当に鳥ポケモンが好きだね。かっこいいジムリーダーがそんなゆるみきった顔して、スクールの子たちが見たらびっくりするんじゃない?」
「今更なこと言うなよ。ジムリーダーに必要なのは厳しさやストイックさだけじゃない。愛情をもってポケモンに接することで信頼関係を生んで、結果強くなることにもつながるんだ。だいいちそんな様子を見にわざわざ毎週来てるのは誰なんだよ。お前こそ随分な物好きだと思うぞ」
「それこそ今更だよ」


 少し呆れたようにアトリが笑う。かくいう俺も、この空間にこいつが居るのは日常の一部のように感じている。予め用意していたほうじ茶をアトリが当然みたいな顔をして飲んでいるのだって、昔から変わらぬ光景だ。はじめのころはちょろちょろとついて回ってきた子どもが今ではおとなしく座っていられるようになったという点においては変わったのかもしれないが。

 そんな日常空間のなか、どこか浮き足立った様子のアトリを見て、俺はふとブラシを持つ手を止める。最近の幼馴染はいつも機嫌がいい。機嫌がいいのはいいことだ。近くにいる人間の感情は伝染するし、ブラッシングの順番待ちのピジョンもにこにことしたアトリにかまってもらえてなんだかうれしそうだ。


「なあアトリ、お前最近、なんかいいことあっただろ」
「えっ」


 俺にきょうだいはいないけれど、妹がいたらこんな感じなんだろうかと思うことがよくある。ただし、こういう話題については本当のきょうだいでもストレートに聞くのは難しい。気にはなるのだけどどうにも遠まわしに訊いてしまう。彼女の機嫌をよくするもの。それは言わずもがなヒビキの存在であろう。半月ほど前から付き合いを始めていたようだが、そのことを彼女の口から直接聞いたわけではない。風の噂で耳にしたでも言っておこう。うわさを持ち込んだ張本人……お喋りなジョウト弁ジムリーダーにも、あこがれるたくさんの子供たちがいるはずだから。


「ハヤトって不思議なくらい鋭いよね。どうしてわかっちゃうのかな」
「おまえと何年一緒に居ると思ってるんだよ。いくらお前がわかりにくい性格してるって言ったって、長いこと見てきたらわかるもんだろ」
「うーん……確かにそういうものかも」
「で、何があったんだよ」
「まあ……あったと言えばあったかな」
「勿体ぶるなよ。おおかたヒビキのことだろう?」


 からかいを込めて言うと、どちらともつかない態度だったアトリが咽せかえる。言っても彼女とは古い仲なわけだし、もっと言えばここは屋外である。家の中ならほうじ茶噴出は迷惑極まりないが、畳を濡らされたわけではないから、俺はこの状況を楽しむだけで特に何も言わない。

 幼馴染は次の言葉をつむぐことができないまま狼狽えていて、急速に赤くなった顔はあざやかなモンスターボールの色を彷彿とさせた。


「図星みたいだな」


 いや、そもそも知っていて言ったわけだから、図星も何もという感じだけど。案の定な反応に笑みを交えて、俺は言葉を続ける。


「感慨深いなあ、お前にもとうとう春が来たんだな」
「どうして知ってるの……」
「しいて言うなら風の噂ってやつかな。そうでなくてもお前の様子を見てればなんとなくわかる」
「あぁもう、信じられない。知ってたなんて……恥ずかしい」
「でもなあ、俺が言わないとお前からは一生言ってこないだろ。ばれるならばれるで早いほうがお前も気が楽だろ」
「そりゃ、そうだけど……!いや、うん、そうだね、そうかも。ごめん、なんかありがと」
「ああ。それにしてもおまえから告白する勇気があったのはすごいと思うぞ」
「ハヤト!」
「ほんとにそうなのか。いや、鎌かけてわるいな」
「ええ……心臓に悪いからやめてよ……」
「でも心配はしてないよ。ヒビキ、いい奴だよな」
「う、ん……」
「あれ、違ったか?」
「ううん、優しい……すごく」


 唇を引き結んでは戻し、口ごもりながらもゆっくりと話し出す。照れの所為か詰まりがちな口調になってしまうのを差し引いたって、きちんと答えるのはアトリがこのことを「話したかった」証拠だ。幼馴染としては、こいつにこういう良い影響を与えてくれるヒビキにはとても感謝している。


「コガネの夏祭りにも行ったんだろ?」
「うん」
「楽しかったか?」
「すっごく楽しかった、あの日ね……」


 どうもアトリは自分の幸せがおこがましいと思っているようなふしがある。人並みに欲はあるのに、うまくない嘘でそれを隠して、簡単に話そうとはしてくれない。今日だって嬉しいことがあるのに自発的にそれを人に言い出そうとしないのだ。運良く俺はアトリの幼なじみであるからそのこともきちんと知っていて、だからこんなに図々しく訊くことができるのだけど。アトリに関しては、周りから言葉を引き出してやるのが一番だとさえ思っている。嬉しいことも辛いことも、いい意味にしたって抱え込むタイプだからな。




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