「すげえ……ちょうど18時だ」


 ポケギアで時刻を確かめ、思わず声を漏らしてしまった。俺は自信たっぷりにプランの出来を語るアカネを最後まで疑っていたけど、これにはさすがに驚きだ。どうやら生まれも育ちもコガネという生粋のシティガールを甘く見てはいけないらしい。


「本当。ヒビキくん凄いね。ここまで考えてくれてたの」
「いや……確かにそのつもりだったんですけど、俺も正直びっくりしてます」


 出店を軽く回って、移動したら丁度花火があがるという感じだろうか。手がふさがってしまうので持ったままになっていた写真をバッグに仕舞おうとすると、アトリさんに「ちょっと見せてね」と持っていかれる。「ああこれちょっと変な顔かも」と写真とにらめっこする彼女を見て、先程の恥ずかしさがよみがえってきた。

 ――列に並んで待つことおよそ数十分、ようやくプリクラの順番が回ってきた。分厚いカーテンをくぐると目に飛び込んできたのは想像以上に狭い個室。周囲のざわめきはすぐ近くに聞こえるのに、厚い布で隔てられたここは、完璧に孤立した空間といってもいい。こんなに密室だったのかと脳内でテンパる俺を余所に、アトリさんは慣れた手つきで操作を進めていった。

 歌うような甘ったるい声が「それじゃあいくよ!」と合図を出してきたので、慌てて中央に寄った。これはどこを見ればいいんだ?画面に気をとられカメラの位置がいまいち掴めないまま変に明るい声のカウントは進んでいく。


「こっちだよ」


 俺の視線は指差した方向よりも先に声のする方へ向いた。その瞬間パシャリというフラッシュ音が聞こえ、たった今撮影された写真がモニターに映る。記念すべき一枚目は、二人で斜めに向かい合うような形になってしまった。


「あはは、ちょっと失敗しちゃったね」


 思いの他突き合わせた顔が近くてまた心臓が跳ねる。だけどたて続けに秒読みを始める機械に、俺を待つ気なんてさらさらないらしい。せき立てるように刻まれるカウントと、目を瞑ってしまいそうな強い光。慣れないそれらに翻弄されていたら、あっという間に撮影は終わっていた。気疲れした俺がやれやれと外に出たら、にっこり笑ったアトリさんに「まだ終わってないよ」と別のカーテンに引っ張り込まれた。初のプリクラ撮影に留まらず、俺はこれまた初の「落書き」とやらに挑戦することになった。
 恥ずかしくて面倒で、こぞってこれをやる意味がちょっとわからない。疲労感だってものすごい。そもそもいにしえの文化となりつつあるとか、写真機能はポケギアで事足りるだとか言いたいことはたくさんあるが、そう簡単に馬鹿にできないなと思えたのは、彼女が本当に楽しそうに見えたからだ。

 思い思いの食べたいものを買い揃え、間もなく6時半という頃には無事自然公園前に辿り着いた。ここまでは綺麗に計画通り。花火はかき氷を食べているあいだに始まるだろう。

 プリクラの時に流れるようにアトリさんがコインを入れていたのを見た俺は「気にしなくてもいいのに」と言う彼女を押し切ってかき氷をおごらせていただいた。年下だからってナメてもらっては困る。あくまでスマートにと思って息巻いた俺が屋台の前で小銭を財布ごとぶちまけたが……これ以上はもう黙ることにしよう。

 植え込みそばのベンチに腰掛ける。彼女はさっそくかき氷特有の頭痛に興じていた。冷たさがしみるらしい。夏ならではの光景に笑いがこみ上げてきて、俺も同じようにメロン色の雪山にスプーンを走らせる。うまい、だけどしみる。でも、やっぱりうまい。旅に出る前は、毎年夏には必ず恒例のように食べていたかき氷。決まってレモン味を食べていたコトネからよくスプーン一杯の氷を拝借しては怒られたっけ。なんだか懐かしいな。

 段々と水にかえってゆく甘い氷が、スプーンを繰る速度を早める。きいんと脳を突き抜ける感覚が段々と薄らいでゆく。ちょっとがっつきすぎたかなあと心配になって彼女へ振り返ると、何故かこちらを見ていたアトリさんと目が合った。


「えっ、あっ!何!?」
「え?いや、えーと、俺顔になんか付いてますか」
「ううん、全然!ごめん!ただ、食べるの早いなって思って」
「ああ、俺好きなものとか結構がっついて食べちゃって……はしたなくてすみません」
「えっと、そうじゃなくて……なくなっちゃうから」
「え?」
「やっぱり気にしなくていいよ!」
「そうですか?」


 あははと乾いた笑みで手を振る彼女に疑問符を浮かべていると、空がぱっと明るくなった。予定通り花火が始まったようだ。空に咲く大輪の花が、日暮れの境目のマーブル色を彩る。祭りの太鼓よりもはるか遠くまで届くその音は、俺の体を奥底から大きく震わせた。


「おー、すげえ!腹に響く」
「確かに、凄い音」


 かき氷は花火に見とれている間にすっかり溶けてしまったようで、缶入りのドロップみたいなビビッド色の液体が器の底でゆらめいていた。名残惜しく思いながらそれを一気に飲み干すと、ひと息置いてアトリさんも器を思いきり傾ける。俺よりもゆっくりと食べ進めていた彼女のかき氷はまだまだ残っていて溶けきってもいなかったはずなのに、液体をまとった氷状のそれを無理やり飲み下している。もしかして、焦らせてしまったのだろうか。俺が早食いなばかりに悪いことをした。案の定頭を抱え出した彼女に、無茶をする人だなあと苦笑する。


「……頭痛い」
「真似して一気飲みなんかするからですよ」
「そうだよね……」


 人が困っているときに不謹慎かとは思うけど、年上のアトリさんがうううと唸って苦悶している様子はなんだか子供っぽくて可愛らしい。かき氷の頭痛でこんなふうになるなんて、意外と放っておけない人だ。俺はアトリさんの頭に手を置き、いつかコダックの頭痛をやわらげたように撫でた。


「うん……ちょっとラクかも」


 ポケモン相手にするようないまいち微妙な対処だったかもしれないが、様子を見て俺は少し安堵する。


「ときにヒビキくん、この頭の上の感触は」
「俺の手ですが」
「っヒビキくん!今すぐ万歳の姿勢になって!」
「えっ!?」
「早く!」


 アトリさんの指示を受け、すぐさま言われた通りの姿勢になる。俺の手がぱっと彼女から離れると、アトリさんが上半身を起こし、もういいよと言葉の呪縛を解いた。


「アトリさん、頭痛はもう大丈夫ですか」
「今大丈夫になったよ」


 勝手に頭をなでるなんて少し失礼だったかな。心なしかまだだるそうにも見えるけど、本人がそう言っているのだから深追いはしないことにする。食べ終わったかき氷の器をまとめて、ほかに買ってあった屋台フードでお茶を濁そう。袋の中の、りんご飴に手を伸ばす。


「ヒビキくん」
「ん?なんですか」


 ぱしり。りんご飴に触れるはずだった手は、赤い球体に届く前に掴まれてしまった。手のひらに絡むのは、かき氷の器とは違って、ゆるやかに燃える熱を持った、細いゆびさき。


「あ、アトリさん?」
「おかえし」


 音に先行して横顔が浮かび上がった。彼女の瞼を縁取る光が輝いては消える。空にひと際大きな花火が上がった時、挑発的な言葉とは裏腹にアトリさんの頬は赤く染まっていた。それを俺は、たった今掴み損ねた林檎のようだと思った。




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かき氷の件:
ひとくち頂戴と言えないアトリさん



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