出会ってからすぐに恋に落ちた。
その泣きたくなるような優しさに。
でも今はその優しさが辛くて、指令が終わればいつも帰ってくる蝶屋敷にはもう戻らないと誓った。


鬼の妹を助けようとする炭治郎が好きだった。
知り合ったばかりの人を命懸けで守ろうとする炭治郎が好きだった。
残忍な鬼にも死に際には情けをかける炭治郎が好きだった。
笑った顔も怒った顔も…。
つまり彼の全部が愛おしくて大好きだったのだ。


「好きだったなあ…」


炭治郎、善逸、伊之助と並んで眠るベッドに、近付いて、炭治郎の寝顔を見つめて笑った。

窓際に座って月を眺める。
あと少しだけ。
月がもう少し傾くまでここにいさせてね。


そうしたらもう、会わないと決めた。


だって、炭治郎は他の人のことを好きになっていると言うことに気付いてしまったから。
近くに居たらそれだけ自分が傷つく。
炭治郎とその子が仲良くなるのを見るのはとても辛いから。

私たちは恋仲には一度もなっていないが、いい仲間ではあったと信じたい。

私はもう一度月を眺める。


ごそ、と音がして少し遠くのベッドが揺れた。
「ん… なまえ…?」

善逸がむくりと起きて、眠そうに目を擦りながら私の存在に気付いて首を傾げた。
それから酷く悲しそうな顔をする。


「どうしたんだ、こんな時間に…」
「お別れをね、言いに来たの」
「そんな悲しそうな音させて…炭治郎…起こさなくていいのか…?」
「いいの、寝顔を見てただけだから」


善逸は耳がいいので私の好きな相手を知っているのだろう。
もしかしたら鼻の利く炭治郎も気付いてたかもしれないけれどそんな素振りは見たことがなかった。


私は窓際から降りて羽織りを正すと善逸にしーっと指で制して手を振る。


「またね、善逸。炭治郎と伊之助をよろしくね」
「…」

善逸は眉を顰めたまま何も言わなかった。
私は静かに扉を開けて出て行った。
まとめていた本当に小さな荷物だけ持って私は蝶屋敷を後にする。


さよなら、炭治郎。
大好きだったよ。


もう一度蝶屋敷を眺めて歩き出す。


ふと後ろから走ってくる音が聞こえてどくんと心臓が鳴った。

いや、違う。
期待するな。
そんなはずないじゃないか。


「なまえーっ!!」


それはやっぱり好きな人の声で、私は泣きたくなった。
私は思わず止めた足を動かして聞こえなかった振りをする。


「なまえ!」


それでもすぐに炭治郎に追いつかれて手首を掴まれた。
炭治郎の焦った顔が月に照らされる。
額にはうっすらと汗をかいて、悲しげな顔をした炭治郎が私の手を掴んで離さない。


「炭、治郎…どうして?」
「善逸に聞いた。なまえが何処かに行くって…」
「…」


何で追いかけてくるの?
私がどれだけの覚悟で蝶屋敷を出たと思ってるの?


「…指令、だよ」
「指令?」
「そう、だから行くの」
「嘘だ。なまえ知ってるだろ?俺は鼻が利くんだ。なまえが嘘を言ってることくらい分かる」


炭治郎が静かに怒ってその手に僅かに力が込められる。


「…離してよ」
「離したら何処か行ってしまうんだろう?」
「炭治郎には関係ない!!」


私は叫ぶように思い切り手を振り解く。
炭治郎は目を丸くしてから泣き出しそうな顔をした。
泣きたくなるのはこっちの方なのに。


「さようなら、もう会わない。仲間じゃない」
「なまえは、嘘ばっかりだ…」
「お願い、炭治郎。分かってよ。辛いんだよ」
「…っ」


本当に、泣きたくなるような優しさ。
私は今度こそ炭治郎に背を向けて歩き出す。

炭治郎はそこに縫い付けられたかのようにもう動かなかった。


今度こそ、さようなら。
私の滑稽な恋心ともお別れだ。
これからは鬼を倒すことだけを考えて生きるんだ。



「なまえ!」



炭治郎がまた私の名前を呼んだ。
私はまた思わず足を止める。
馬鹿、聞くな。歩け。


「待ってる!また一緒に戦えるまで!!」


込み上げた想いが溢れて涙が零れた。
どうして。
あれだけ酷いことを言ったのに。


どうして簡単に諦めさせてくれないの。


私は泣きながら走った。
もう振り向かないと決めた心が折れそうな自分を叱咤して闇雲に走り続ける。


大好きだった。
隣を歩けるだけで嬉しかった。
笑った顔を見るだけで幸せだった。


いつの間にか知らない場所に来ていて、私は白んできた空を仰ぐ。
ぽっかり浮かんだ白い月が、私を滑稽だと笑っているように見えて腹が立った。


「さよなら」


今度こそ、昨日までの自分に決別して、誰もいない後ろに別れの挨拶をした。

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