「善逸」

私が小さく呼ぶと、部屋の隅で小さく蹲っていた彼はびくりと肩を揺らした。


「もう行く準備しないと…」


ねえ善逸ってば、と何回か声を掛け続けると善逸は急にうわあああと叫び出して耳を塞ぐ。
一昨日からこの調子だ。


「ねえ、もう出ないと…最終選別の場所に辿り着くまで時間かかるんだから間に合わなくなっちゃうよ!」
「いいんだ!間に合わなくなった方が!!そしたらやらなくて済むじゃん!何でなまえはそんなに最終選別行きたがるのさ!?」


そんなこと言われても、と思った。
花街に売り飛ばされそうになっていた私を助けてくれた師範の為、鬼殺隊になってこの恩を報いたい。
善逸も師範のことを大切に思っていることを私は知っているが、彼は極度のビビりでこうしていつも師範を困らせる。


「善逸!こんな所に居たのか!」


師範の声で、善逸の身体はびくと思い切り跳ねる。
そして見えているのに私の後ろに隠れる。


「早く行け!お前なら大丈夫だ!」
「嫌だよお、死んじゃうよぉおお!!」
「死なん!大丈夫だ!」


師範は善逸の首根っこを掴んで、私の後ろから引っ張り出す。


「行け!本当に間に合わなくなる!!」


それでも抵抗する善逸。
半ばぼこぼこにされながら、荷物を外に放り投げられ、ばん!と戸を閉められ家を追い出された。


「…」
「…」


家の前で二人顔を合わせる。
抵抗している最中に殴られた左頬が痛そうだ。

思わず彼の頬に触れる。


「っ!な、なに」
「あ、ごめん…痛そうだなって」


善逸は思い出したかのように左の頬に触れる。
少し腫れてしまっている。


「痛い…」
「素直にしてれば殴られずに済んだのに」


私は師範が放り投げた二人分の荷物を拾い上げる。


「さ、行こう?善逸」


刀と、善逸の分の荷物の入った風呂敷を渡す。
彼は渋々受け取って、泣きそうな顔をしながらうんと頷いた。







「ようやく着いた…」

最終選別の場所…藤襲山。
ここに辿り着くまでに何度も善逸は帰ろうとして、その度に私が引っ張ったり説得したりしてやって来た。

最終選別にはギリギリ間に合ったが、道中本当に大変だった。


「綺麗…ね、善逸」
「うん…」


道の両脇に季節ではないはずなのに藤の花が咲いている。
その様子がとても綺麗で思わず見惚れる。
時間がないことを思い出して善逸の腕を引っ張って最終選別の場所は急ぐ。

階段を上りきると、結構たくさん人がいて面食らう。


「ここで死ぬんだ、俺は…死ぬ死ぬ…」
「死なない、大丈夫」


しばらくすると、オカッパの女の子二人が現れた。
最終選別の内容を説明してくれるらしい。


「皆さま今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます。この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり外に出ることはできません」
「山の麓から中腹にかけて鬼の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます。」
「しかしここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼どもがおりますこの中で七日間生き抜く」
「それが最終選別の合格条件でございます。ではいってらっしゃいませ」


女の子たちの視線を受けながら、私は震える善逸を引っ張っていく。


「本当に行かなきゃ駄目ぇ!?」
「ここまで来てまだ言う?」


山の中に入ると、なんとも言えない雰囲気だった。
嫌な空気だ、と思った。


私は空気を読める。


小さい頃から両親が喧嘩しているのを目の当たりにしてきた私は、自分にまで火の粉が降りかからないように必死だった。
殴られたり蹴られたり、何日もご飯をもらえなくなったり。
そういう事から回避する為に身に付けられたのが、空気を読む事だった。


「来るよ、善逸!」
「向こうから音がする…ほんとに来てるよなまえ!いやあああ守ってよ!?俺を守ってよおおお!!」
「ちょっと、くっつかれると戦えない!」
「んぎゃっ」

べん!とやや雑に善逸を引き剥がす。
反動で善逸は尻餅をついた。


「…あ」


その後ろから、長い舌を出した腕の4本ある鬼がやって来た。


「ガキだァ…久しぶりの肉だァ…!」


善逸は尻餅をついたままくるりと反転してあわあわと私の後ろに後退る。


「ちょ、ちちちちょっと!なまえのせいで今めっちゃ鬼に近かった!死ぬかと思った!心臓飛び出るかと思った!!」
「いいから刀構える!!」


私はチャキと音を立てて刀を握り直す。


「ひぃい、無理だよお…俺本当に弱くて…助けてくれるんだよね、ね?」
「別に助けるつもりはないけど」
「ええっ!?」


だって善逸は、私が助けに入らなくたって強いから。
だから私は善逸の横に居続ける為に…強くなりたい。


「私は善逸と、生きたいから」


ざ、と構える。
鬼が走り出してくる。



…全集中!!



「雷の呼吸 弐ノ型…稲魂!!」



鬼の頸目掛けて、連撃。
雷が鳴り響く。


すた、と着地し、刀を鞘に収める。


鬼の頸はとうに落ちていてその形を失っていく。



「さ、行こうか善逸」



涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった善逸に手を差し伸べる。
善逸は羽織で涙を雑に拭って、私の手を取る。


「うん」
「私は善逸と生きたい。だから頑張る。けど…もしもの時は助けてね」


善逸は目を大きく見開いて、居心地が悪そうな顔をする。
空気が読める私は、わざと分からない振りをして。




さて、まずは…日が一番早く登る東を目指そう。



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