「…付き合ったの?」
カナヲの言葉に、私は思わず顔を赤くする。
そしてうぅ〜んと頭を捻りながら曖昧に返事をする。
カナヲは珍しく興味津々に私の顔をじぃっと見つめ続ける。
「…付き合うとか、言わなかった…そういえば」
「…えっ」
「好きだって言い合ったけれど、付き合うとは…言ってない…」
カナヲは首をかくっと傾げて頭にクエスチョンマークを浮かべる。
好き同士なら、それはもう付き合っていると言って良いのだろうか?
でもそんな話一切でなかった。
私は善逸が好きで、善逸も私が好き。
それ以上をあの時望まなかった。
その事実だけで幸せすぎて。
「ちゃんと言わないと駄目だよなまえ」
「そうだよね、確かに」
こういうことは明確にしなくては。
今まで私たちは家族だった。
師範と獪岳はどう思うのだろう。
私たちの交際に喜んでくれるのだろうか。
…言っても、いいの?師範に。
わからない、だって私たちはあまりにも…
近すぎる。
「なまえ」
カナヲの私の名前を呼ぶ声にハッとする。
私、今どんな顔してた?
嫌だな、これじゃあ不安なのバレバレだ。
「大丈夫、きっと」
「…!」
カナヲが私の手をきゅっと握りしめる。
暖かく柔らかくて優しい手。
私が不安に思ってることを察して励ましてくれる大切な親友。
「…うん、ありがとう、カナヲ」
カナヲは緊張の解けた私の表情を見てホッとしたように笑った。
私もつられて笑う。
しっかりしないと。
私はもう決めたんだ。
善逸の隣で生きていくと。
▽
「そうか、じゃあ付き合うことになったんだな?良かったなあ、善逸」
炭治郎はほろりと涙を流しながら喜ぶ。
付き合う。
付き合…ってあれえ??俺ちゃんと付き合おうって言ったっけ?誰か聞いてた!?俺がそう言ったとこ!言ってなくない!?え?でも好きだって言ったし言われたしそれはもう付き合ったと言っても過言ではないのでは?ああでもちゃんと言葉にしないと伝わらないよな…。
と一人でパニックを起こしていると、炭治郎が慌てて大丈夫か?!と背中をさすってくれた。
「…え、言ってないのか?」
しばらくして落ち着いた所で、炭治郎が呆れたような驚いたような顔で言う。
そうだよな、そういう顔にもなるよな。
俺って本当駄目なやつです。
「好きって言ったし言われたけど…それだけでもう幸せすぎて…忘れてた」
「あ、ああ…そうか…」
炭治郎に徐に目を逸らされた。
完全に呆れられてる奴だこれ。
「…でもちゃんと言わなきゃな、なまえにも。あと爺ちゃんと獪岳にも…」
「なあ、付き合うって何だよ。今までとどう違うんだよ」
それまで黙っていた伊之助が首を傾げながら質問してくる。
確かに今までと何が違うんだろう。
俺となまえは明らかに心境が変わっただろう。
でもこれからも同じ屋根の下で暮らしていくんだ。
爺ちゃんと獪岳は認めてくれるだろうか。
「そうだな…付き合う、恋人同士になるって言うのが友達とどう違うのかって言葉にするのは難しいな…」
炭治郎は少し頭を捻って、考え込んでからにこりと笑う。
「ただ一つ言えることは、なまえは善逸の一番大切な人だと周りに主張できるようになった、ということだ」
「なんだそりゃ。そんなの前からそうじゃねーか」
「やめろ恥ずかしい」
伊之助はポテトチップスの袋をバンと開けてバリバリと貪り食う。
「だってそうだろ?凡逸もなまえもでかくてツヤツヤのどんぐり拾った時みてえな顔して睨み合ってたじゃねーか」
炭治郎と顔を見合わせる。
そしてはあとため息をつく。
「例えが分かりにくい…」
「夕飯が天ぷらだった時みてえな顔か?」
「だから分からねーわ!」
炭治郎がまあまあと俺と伊之助の間に入る。
「伊之助の言いたいことは何となく分かったぞ」
「えっわかんのかよ」
「どっちも伊之助の好きなものじゃないか?つまり好きなものを見てる時の顔だったってことだろう」
「……ッ!!」
顔が一瞬にして熱くなるのを感じる。
多分俺、今真っ赤だ。
俺ってそんなにわかりやすい奴だったの!?ヤダもう恥ずかしい!!!!
「…だから、誰かに文句言われる筋合いねーだろ」
「!」
それだけ言うと、伊之助はまたポテトチップスをバリバリ頬張る。
もう一度炭治郎と顔を見合わせて、俺たちは笑い合った。
伊之助は、何も分からないようでいてちゃんと見てるし聞いてるし、考えてもくれる。いい奴だよな。本当。
炭治郎も何度も俺のことを助けてくれたし、俺となまえの背中を押してくれたように思う。
爺ちゃんに話すのは少しだけ、勇気がいるけれど。
これから幸せにしてあげたい女の子と、優しい仲間がいるから、俺は足を踏み出すことができそうだ。
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25 踏み出す勇気