「少し付き合ってくれる?」

オクラホマミキサーの音楽が鳴り響き、男女がそれに合わせて踊っている。
今時オクラホマミキサーって。キャンプファイヤーって。


「…すみません、踊るのは、ちょっと」
「あ、いや!踊るんじゃなくて…話をしたいなって」
「あ、はい」


苦笑いすると、先輩も同じく苦笑した。
そして私にホットはちみつレモンを渡してくれた。
私は首を傾げてこれは?と問いかける。


「みょうじさん好きだったよね?寒くなってきたし良かったら…」
「す、すみません。ありがとうございます。あ!お金…」
「いいから、それくらい」
「でも…」
「…代わりに話聞いてくれる?」
「はい」


私と先輩は、キャンプファイヤーから少し離れた場所に二人で立つ。
私は頂いたはちみつレモンに一口口をつけて、キャップを閉める。
ゆらゆらと揺らめく炎と踊っている男女をぼんやり見つめながら、先輩はぽつりと話し始めた。


「みょうじさんの生徒手帳を拾って声かけた時、みょうじさんを初めて見て、一目惚れって奴なのかな…君のことは噂では聞いていたけど、目の前にしたら頭の中真っ白になって。…だから」


すう、と先輩は深く息を吸った。
私は何故だかその仕草を見て息が詰まりそうになった。
先輩が言おうとしていること、分かってしまうから。
私はどうしたらいいのかわからず息を呑んで先輩の次の言葉を待つ。


「…好きです、付き合ってください」
「…っ!」
「…って言おうと思ってたんだけどね」


…へ?
私はぽかんと先輩を見上げる。
先輩は照れ臭そうに頭を掻く。


「さっきの金髪の子が"間に合わせる"って言った時のみょうじさんの顔見て…ああ、僕じゃ駄目なんだなあってわかっちゃったから…そうだよね?」
「……、すみま、せん」


そっか、そうだよね、と先輩はふぅと息をついて空を見上げた。
私も何となく、同じように空を見上げる。
赤と紺の混じった空模様に一番星がキラリと光る。
キャンプファイヤーの炎がその赤と紺に吸い寄せられるように揺らめいて消えゆく様子を、私は何故だかとても善逸と一緒に見たいと思った。


「あの子のこと、好き?」
「…はい、好きです。一番大切な人です」


先輩には、嘘偽りなく言いたかった。
誰にも自分からは言ったことのない素直な気持ちだった。


「うん。分かった。…じゃあ、最後に一つだけお願い聞いてくれる?」
「…はい?」


先輩はキャンプファイヤーを指差して悪戯っぽく笑った。
私はああ、と納得しつつ照れ臭いなあと思いながらくすりと笑って頷いた。







キャンプファイヤーの炎を取り囲んで男女が踊っている。
その中に見知った顔を見つけて息が詰まりそうになった。


… なまえと、あの、先輩だ。


あの爽やかな先輩は嬉しそうにしていたが、ふと視線が動いてぱちりと目と目が合った。すると先輩は小さな悪戯が見つかったかのような顔をする。
俺はもう迷わず、なまえの元へ走った。


「…次のダンス相手が来たみたいだから、僕はもう行くね」
「え?」


なまえと名残惜しそうに手を離すと、俺にだけ聞こえるように"お幸せに"と言った。
な、と声を出したときにはもう先輩は人混みの中に紛れて行ってしまった。


「善逸…?」


一人残されたなまえが少し呆けて立ち尽くしていた。


「えっと…踊る?」


冗談っぽく笑いながら手を差し出すなまえの手を取り、踊っている人たちの邪魔にならないところに少し移動する。


「…あの、ごめん。間に合わなくて」
「そんなのいいよ…っていうかどうしたの?その頬の立派な紅葉模様は」
「え、ああ、これ…」
「ちょっと待ってて!」


なまえは走って近くの水道でハンカチを濡らし、絞ってまた走って俺の目の前に戻ってくると「応急処置」と笑って濡れたハンカチを左の頬に当ててくれる。


「…ありがと」
「うん…」


何故だか少し気まずい。
顔が熱くなっているのは、近くにあるキャンプファイヤーの熱のせいだろうか。
それとも、なまえがそうさせているのか。


「あの、善逸」
「ん?」
「間に合わなかったけど…善逸が私の為に仕事終わらせようと頑張ってくれたことが嬉しいから…気にしないで」
「…でも、間に合わなかった」
「だから…いいんだって。気持ちの問題なの」


なまえは柔らかく笑う。
そんななまえが、俺は堪らなく好きだ。




誰かがいつかなまえを幸せにするってずっと思っていた。その隣にいるのはきっと俺じゃないんだって。なまえの気持ちにも俺の気持ちにも逃げ続けていた。


けど、気付いたんだ。
馬鹿だけど、遅すぎたけど、ようやく。
なまえが幸せになるなら相手は誰でもなんて嘘だった。
俺がなまえを幸せにしたい。
幸せにして、俺もその隣でなまえの笑顔を見続けたいんだって。



「なまえ…」



俺の頬にハンカチを当てていたその小さな手にそっと触れ、拒まれたいことを確認してからそっと握る。


「…好きだよ」


ひゅぅぅう、ぱん!と俺の言葉を遮るように何かが弾ける大きな音がした。


…花火。


何てタイミングの悪い。


続けて何度も空に咲く後夜祭のしょぼい花火に、なまえの視線が注がれていて、俺ははあとため息をつく。

ふとなまえが振り返って優しく俺の名前を呼ぶ。



「綺麗だね、善逸」



その繋いだ手に僅かな力が込められる。
ただの如何にもそこらへんで買ってきたようなしょぼい打ち上げ花火なのに。
なまえはまるで有名な花火大会の花火でも見るかのようにうっとりと微笑む。


キャンプファイヤーの炎と花火の光に照らされたなまえがとても綺麗で、思わず息を呑んだ。



23 その光に照らされて
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