結局あの後、先輩に押し切られる形で一緒にいる。
またナンパされたら面倒でしょ?と言われ、確かにそれは面倒だと迷っていると、あの子が来るまででいいから、と寂しそうに笑うので断るのが申し訳なくなってしまったのだ。じゃあお願いします、と頭を下げると先輩は少し嬉しそうに笑った。
二人で見廻りをしている最中に師範と獪岳に会い、師範には頑張ってるなと頭を撫でられ、獪岳には何だその格好と馬鹿にされた。私たちのクラスは行列がすごく行けなかったそうだが善逸のクラスのポップコーンは買えたようだ。しばらく見て廻ったら帰ると二人と別れる。
先輩には、お兄さん?似てないねと言われた。よく言われます。と返しておいた。血繋がってないとはあえて言わなかった。
そうしているうちに文化祭が終わりを告げる放送が鳴って、各々自分のクラスに戻るように指示があった。
私は先輩にお礼を言って頭を下げた。
「… みょうじさん、後夜祭には出る?」
「はい、まあ…ちょっと見て帰ろうかなと」
「そっか、じゃあまた後で!」
「え?…あ」
先輩は自分のクラスに戻っていった。
後で…?と頭を捻りつつ、私も自分のクラスに戻る。
クラスに戻ると担任からお疲れ様でした、これで文化祭は終わりです。この後の後夜祭は自由参加です。と短い話があってすぐに解散となった。
「お疲れ様、なまえ」
「カナヲもお疲れ様」
数時間会ってなかっただけなのに何だかすごく懐かしい気がした。
カナヲと更衣室に向かって、袴から制服に着替える。
重く歩きづらかったので、着慣れた制服を着ると少し落ち着く。
「なまえは後夜祭行く?」
「うん、ちょっと見ていくよ。カナヲも行く?」
「ううん…私は姉さんたちの所に行くから…」
「そっか」
着替え終わると、二人で更衣室を出て、じゃあまたねとカナヲと別れて私は後夜祭の準備をしている薄暗くなってきた校庭へ出る。
昼間は少しだけ暑かったけれど、今は涼しげな風が吹き抜ける。
善逸、結局仕事終わらなかったなあ。
まあ仕方ないか。
…でも…それでも、来てくれる意思を伝えてくれたことだけでも嬉しかったから、それでいい。
「… みょうじさん」
ひゅお、と肌寒くなってきた風が吹き抜ける。
髪が風で乱されて、それを何とか抑えて私の名前を呼んだ人物を見上げた。
▽
結局仕事終わらなかった〜〜〜!!!!
くっそぉ、とギリギリ歯を噛み締める。
なまえにあんだけ大声で約束しといてこれとかほんと俺って駄目な奴!!
なまえは帰っただろうか、それとも後夜祭に行っただろうか。
ふと窓の外を見ると校庭で後夜祭の準備が進められていた。
長い黒髪に黄色いリボンを揺らした少女が、俺の目に留まる。
…やっぱ俺、なまえ見つけるの上手いなあ、と口元が緩む。
そしてすぐに駆け出した。
慌てて階段を降りて靴を履き替え校庭に出ると、なまえを見失った。
どこだ、とキョロキョロと辺りを見まわしていると、後ろから服の裾を掴まれる。
俺はなまえかと期待して振り返ると、予想とは違う茶色いふわりとした髪が目に飛び込んでくる。
「砂藤さん」
「善逸くん…誰を探してるの?」
砂藤さんの手が俺の手を握る。
その瞬間、後ろでキャンプファイヤーに火が灯り、その火に歓声が沸き立つ。
薄暗かった外は、キャンプファイヤーの明るい火に照らされ、砂藤さんの表情がハッキリと見えた。
「ねえ、善逸くん。善逸くんはみょうじさんが好きなの?」
「…っ!」
どくん、と心臓が音を立てる。
なまえが好き。
そんなのはとっくの昔から分かっていたことだった。
けど他の誰かからそれを言われたことはなかったので、その言葉がやたら甘ったるく聞こえて気恥ずかしかった。
「…そっか…でもね、ほら、みょうじさんって学園三大美女の一人でしょ?何か男の子利用してるとか噂聞くし…善逸くんも利用されてるんじゃない?さっきのサッカー部の先輩とも仲良さげだったし…あ、もしかしてあの先輩も利用してたりし…」
「砂藤さん」
握られてた手を振り払い、感情の篭らない声で彼女の名前を呼ぶ。
その声に彼女はハッとして悲痛な表情で俺を見上げる。
「なまえのことは誰よりも俺が一番分かってる」
「え…な、」
「好きだよ、なまえが」
砂藤さんからは様々な"嫌"な感情を固めたような音が溢れ出す。
耳を塞ぎたくなるような側に居たくない音だ。
「俺ね、耳が良いんだ。嘘ついてるかどうかも音で分かるの」
「え、なに…それ、怖…」
「砂藤さんから出る音は、俺の苦手な音なんだ」
砂藤さんは一瞬にして怒りの表情に。
そしてパン、と頬を叩かれた。
「何なの!?こっちが下手に出てれば調子に乗らないでよッ!!」
顔を真っ赤にして、そのまま砂藤さんは行ってしまった。
後にはヒリヒリとする左頬の痛みだけが残って、秋の少し肌寒い風がその痛みを少しだけ和らげてくれた。
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22 風に乗せて