見廻りをしていると、特に男の人によく声をかけられる。
それが正直鬱陶しい。
最初は丁寧に対応していたが、さすがに多すぎて話しかけられるとまたかと辟易する。

こんな目立つ格好しているのが悪いのだろうが、クラスの仕事に午前中しか参加できなかったのでこうして看板を持って歩くだけでも役に立つのならと思って我慢だ、我慢!


「ねえ、お姉さん一人なの?」


ほらまた来た。
目の前から歩いてきた男の人と目が合って、嫌な予感がしたら案の定話しかけてきた。
私はにこりと笑顔を向ける。


「仕事中です〜。よかったら大正浪漫喫茶にいらしてくださいねー」


ではーとそのまま通り過ぎようとしたら肩を掴まれる。
またぞわと鳥肌が立つ。
好きでもない男に触られるとこんなにもすぐに鳥肌が立つものなんだな、と頭の隅で冷静にどうでもいいことを考える。


「じゃあ案内してよ、ね?」
「いやー…」


私が言い澱んでいると、後ろからふわりも爽やかな空気を纏った人が私と男の間に立つ。


「大正浪漫喫茶なら、三階の西側にありますよお兄さん」


あ…また辛井先輩。
私は驚いて目を丸くする。
よく会うなあ。と思っていると絡んできた男は「男連れかよ」とすぐに立ち去っていった。
何というモブっぷり。


「みょうじさん、よく絡まれるね」
「あはは…まあこんな格好してますから、仕方ないです」
「…格好だけじゃないと思うけど…」


ふと、人混みの中に目立つ黄色の髪が見えた。
私はどうしても目が離せなくなった。
そしてぱちりと視線が交錯し、目と目が合った。
その後ろにはあの女の子もいて。


善逸を纏う空気が変わり、私の元へ彼が駆け出す。


…どうして、来るの…?
その子と仕事してればいいのに。


「なまえ!」


人混みをかき分けて、善逸が私の手を取る。
その手の熱さに驚く。


どよんと澱んだ空気があの女の子から溢れ出す。
そして後ろにいる先輩からも少し嫌な空気を感じ取る。
何だこれ。


「善逸…どうしたの」
「風紀委員の仕事!一人でしてるって炭治郎から聞いた!何で言ってくれなかったんだよ?!」
「だって…善逸忙しそうだったから…」
「仕事が終わったらすぐそっちに合流するから」
「いや、いいよ…仕事詰で疲れちゃうでしょ。終わったら休んでなよ」


そういうと、善逸は分かりやすく怒った顔をする。
私は久しぶりに怒らせちゃったな、やばいな、と頭の隅で冷静に考えながら慌てふためく。


「離してあげてよ、手」


先輩が善逸の手首を掴む。
善逸が一瞬びくりと肩を震わせ驚きつつ、顔に冷や汗をかきながら「アンタには関係ないでしょ」と言う。
善逸、ちょっとビビってるじゃん。

私は先輩に「知らない人じゃないので大丈夫です」と声をかけると、先輩から少し悲しそうな空気が漏れ出た。


「善逸…」


人が行き交う道のど真ん中で何してるんだろう、私たち。
そんなことを思いながら私を掴む善逸の手に触れる。


「本当に、大丈夫だから」
「なまえ…」


善逸が目を見開く。
善逸、聞いて、私の音。


ほら、大丈夫だって言ってるでしょ?


そう語りかけるように目で会話をする。
私たちには言葉がなくても音で、空気で分かり合える。
善逸は理解したのか渋々手を離す。


「善逸くん!仕事と先輩の邪魔しちゃダメだよ?行こう」


あの子が善逸の腕にするりと絡みつく。
ちくりと心臓が刺されるような痛みを感じた。
私は極力見ないようにして、それじゃと短く挨拶をして身を翻す。


「なまえ!!」


私と善逸の間には、もう間が空いて人々が行き交う。



「それでも、間に合わせるから!」



善逸の声に、私は少しだけ笑った。
だから、気にしなくていいのに。


「… みょうじさん?」


隣にまだいた先輩が、嬉しそうな私の顔を見て目を丸くする。


「先輩、さっきは助けてもらってありがとうございました。それじゃあ私まだ仕事があるので…」
「みょうじさん!待って。少しだけ話を聞いて。君は全然気付いてくれないから言うけど…僕はみょうじさんと一緒にいたいんだ。だから一緒に…」


私は先輩を見上げる。
先輩が照れ臭そうに赤い顔をして笑った。







何だよあの先輩は!
完全にこっちが悪者だったじゃん!
なまえにナンパしてる奴らと変わらない対応してきたじゃん!?

そう思いながらも仕事を続けて行く。…んだけど。


「砂藤さん、ごめん、腕離してくれるかな…」
「ん?邪魔?」
「邪魔っていうか…その」


む、むむむ胸が当たってるんですよね!!!
わざと?わざとだとしたら嘘過ぎない何この状況!
とか頭の中で騒ぐもう一人の俺を黙らせつつ、彼女を出来るだけ優しく離す。


「ごめん」
「…」


砂藤さんからは俺に向ける好意の音と、嫌な音が混ざって聞こえてくる。
俺は何も聞かない振りをして、いつもと変わらないように仕事をこなして行く。



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