午後になりクラスでの仕事を交代すると、今度は風紀委員の仕事が待っている。
と言っても校内を見廻るだけなので、私はクラスの大正浪漫喫茶の看板を持たされて歩き回る。
本来なら隣に善逸もいるはずなのだが、私は今に至るまで善逸に風紀委員の仕事を教えていない。
会議があった日の放課後帰りながら話そうと思っていたけど、中々話せずにいた。
…まあ、文化祭実行委員の仕事が忙しいのは分かっていたし、私一人でも事足りる。
善逸は善逸で仕事があるんだ。私も自分の仕事をしよう。
ガヤガヤと騒がしくいつもと雰囲気の違う校内は、至る所に風船やカラフルな飾り付け、クラスの宣伝ポスターで埋め尽くされ見ているだけで楽しい。
時々話しかけてくる人に教室の場所を教えたり、迷子の子供を見つけるとお母さん探しを手伝い…そうしてるうちに時間はあっという間に経って行く。
「あ…善逸たちのクラスのポップコーンだ」
校庭に出ると、所狭しと並んだ屋台の中でも女の子の行列が出来ているポップコーン屋台を見つけ、私も並んで順番を待つ。
しばらくして私が並んでることに気がついた炭治郎が私に手を振りながら笑う。
「炭治郎、大盛況だね」
「何でだろうな?しかも女性客ばかりだ」
多分炭治郎と伊之助の顔の良さからだろうと思うが、私は何も言わずに曖昧に笑った。
「どっちにする?」
「んー…じゃあ塩で」
「おい、お前のクラス行く時間ねえみたいだぞ」
「仕方ないよ、この行列じゃあ」
ポップコーンを受け取ると、そのまま炭治郎のいる屋台の後ろ側に周る。
私はポップコーンをむしゃむしゃと食べながら少し談笑する。
話している間に行列を捌き終え、炭治郎は追加のポップコーンを作る。
「そういえば、午前中に善逸が行ったと思うけど、話できなかったのか?」
「ああ…うん…」
「そうか…善逸、気にしてるみたいだったから…話したいならまた俺が時間作るぞ」
「…いや、大丈夫だよ。気にしないで、炭治郎」
ポップコーンを食べ終わり、ゴミを捨てさせてもらうと少し遠くに冨岡先生の姿が見えた。
それに炭治郎が気がついて、冨岡先生ー!と叫ぶと、先生もこちらに気付いて屋台の目の前にやってくる。
「…頑張ってるようだな」
「はいっ!」
「ところでみょうじ、我妻はどうした。確かお前は我妻と見廻りだったはずだが」
その言葉を聞いた炭治郎がえ、と私の顔を見る。
私は思わず俯いた。
「…善逸は文化祭実行委員の方の仕事とかぶってしまったようなので、私が一人でいいと言いました」
「…そうか」
冨岡先生はそれ以上は聞かずに「しっかり見廻れ」という言葉だけ残して行ってしまった。
「なまえ、さっきの…善逸と見廻りって」
「あ、いいの!善逸本当に忙しいみたいだから」
「けど…」
「あ…じゃあ仕事しないと。またね、炭治郎、伊之助!」
私はそそくさとその場を立ち去る。
炭治郎が何か言いたげに私を呼び止めたけれど、聞こえない振りをして。
▽
「善逸!」
午後、文化祭実行委員の仕事として砂藤さんと各クラスを周っていると後ろから聞き慣れた声が俺を呼び止める。
「…炭治郎?」
かなり焦っている炭治郎は、俺の前まで走ってくると汗をかきながらはあはあと荒い息を整える。
「どうしたんだ?そんな急いで」
「善逸!なまえは一人で仕事してるぞ、風紀委員の仕事だ!」
「…は?」
一人で、風紀委員の仕事を?
……そうだ、何で今まで忘れてた?
風紀委員にも仕事があるはずなのに、俺は何の知らせも聞かされていなかった。
文化祭実行委員の仕事が忙しくて風紀委員の方のことをすっかり忘れてしまっていた。
何でなまえは言わなかった?
いや、言えなかったのか。
あの会議の放課後、言おうとしたんじゃないか。
さっきも何か言いかけていた。
確か家でも時々何か言おうとしていた。
ちゃんと最後まで聞かなかったのは俺だ。
「…それだけだ!休憩終わるから俺は行く!」
「えっちょ、た、たんじろぉ〜!?」
言い逃げかよっ!?
どうしろと!
まだ俺文化祭実行委員の仕事残ってるんだけど!!
砂藤さんがくいと俺の服の裾を掴む。
俺は思わずごくと固唾を飲む。
「善逸くん、みょうじさんの所行くの?」
砂藤さんが潤んだ瞳で見上げる。
ぐ、と足に力が籠る。
砂藤さんがなまえの所に行って欲しくないとでも言うかのように不安そうな音を出す。
ぎり、と奥歯を噛み締めて、胸がつっかえそうになる。
それでも俺は顔を上げて、真っ直ぐに彼女の顔を見る。
「……。ごめん。砂藤さん。行くよ、なまえの所」
「…!!」
彼女から、悲しみと嫉妬と憎悪を混ぜこぜにしたような音が溢れ出す。
「だから……早く仕事終わらせよう」
足を踏み出したその時、遠くに男と談笑しているなまえが見えた。
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20 想う