「なまえ!」


文化祭が始まる5分前、教室のドアが急に開いたと思ったら、見慣れた黄色の髪が目に飛び込んできて、私の名前を叫ぶ。
そして私の姿を見つけると、善逸はつかつかと私の前に来る。
クラスメイト達の視線が突き刺さる。


「ちょっと来て!」
「え、善逸…な、なに」


私の手首を掴むと、そのまま教室を飛び出す。
しばらく廊下を走らされ、人気のない階段の踊り場までやって来るとようやく手を離してくれた。


「善逸、どうしたの?もう文化祭始まるから早くしないと…」


私が戻ろうと踵を返すと、また手首を掴まれる。
私は不審に思って振り返る。


「どうして最近、話してくれないんだよ?」
「…っ、それは…ごめん、準備忙しくて…疲れてたから…」


事実と、少しだけ嘘が混じった言葉を口にする。
曖昧な答え。


「それだけじゃ…ないだろ。風紀委員会議あった日、文化祭実行委員の会議室まで来てくれたよな?」
「…それ、は」
「その時何か言われた?」
「……」


きっと今、思い切り顔に出てしまっているんだろうな。無言の肯定。
そしてすう、と一回息を吸って、善逸を見上げる。


「あの…今日の午後…」
「善逸くん?」


私の声を遮って、少し甘えたような声が善逸を呼ぶ。


「…砂藤さん」
「やっぱり善逸くんだ。もう文化祭始まっちゃうよ?」


私を横目で見て、くすと笑う。
…牽制。
私はそれを見ただけで次の言葉を紡ぐことが出来なくなる。


「午後の実行委員の仕事、よろしくね善逸くん」
「あ、うん…」


じゃあね、と砂藤さんと呼ばれたゆるふわパーマの女の子が去っていく。


「ごめん、それで何だっけなまえ」
「…何でもない。あの、話終わったなら私仕事しなきゃいけないから…」


私は今度こそ踵を返し、善逸をその場に残したまま振り向きもせず自分の教室へと戻っていった。







「聞いてくれよたぁんじろぉ〜〜」


ぐすぐす、としながら自分のクラスの屋台の前に戻って行くと、炭治郎はギョッとしながらどうしたんだ?!と慌てる。


「もう少しでなまえが話してくれそうだったのにさ?またあの子が来た途端、なまえ何も話してくれなくなってさ?逃げられたんだよぉ〜〜〜」
「とりあえず鼻をかめ!飲食の接客する者としてそれはまずいぞ!」


炭治郎がティッシュを取り出して垂れかけていた鼻水を、拭いてくれた。
そして何があったんだと話を戻そうとすると、文化祭の始まりを告げる放送が鳴った。


「…せっかく炭治郎が話す機会をくれたのに…ごめん」


ぐす、とまだ鼻をすすりながらポップコーンを作るのを手伝う。
炭治郎は苦笑しながら「まだ話すチャンスはあるだろう、気を落とすな!」と俺の肩をポンポン叩いた。


俺はうん、と肩を落としたまま頷く。


ポップコーンを食べながら屋台の前で座っている伊之助が「何泣いてんだ気持ち悪ィ」と俺に言いながらもポップコーンを傾けて「食えよ」と少しくれたので恐らく珍しく励ましてくれているんだろう。


「ほら、お客さんだぞ、善逸!笑顔だ笑顔!」


炭治郎がニッと笑う。
俺もつられて泣きべそのまま笑った。







「いらっしゃいませ〜」

お客さんがやって来た。
私はお客さんを席に案内すると、お茶を出す。


何故だかうちのクラスは大盛況のようで、席はあっという間に埋まってしまった。


注文を聞いてお茶菓子を出して、食べ終わったテーブルを片付けて…と仕事をしていると、先程のことなんてすぐに忘れてしまった。


「店員さん可愛いねー」


お客さんにお茶をテーブルに置いたら、その手に男性客の手が重なった。
私は一瞬で鳥肌が立つ。
そして振り払おうとやんわり手を動かすも、彼の手は私の手を離さない。


「すみません、仕事があるので離してもらえませんか」
「ねえ、仕事終わったら一緒に周らない?」
「あー、今日はずっと仕事なんですよ」
「じゃあ文化祭が終わってから…」


ふいに男性客の手に、他の誰かがぐいと引っ張って私の手から離してくれた。


「彼女、困ってますよ?」


にこり、と爽やかに笑い色素の薄い髪がさらりと揺れる。


「辛井先輩」
「こんにちは、みょうじさん。遊びに来ちゃった」


男性客のいてて!と言う声を聞いて先輩がその手を離し、男性客にすみませんとにこやかに謝罪する。
男性客はチッと舌打ちだけしてそれ以上は関わってこなかった。


とりあえず辛井先輩を席に案内する。


「先程はありがとうございました、先輩」


先輩が席に座り、お茶を出したタイミングでお礼を言う。
先輩はいやいやと手を振りながら爽やかに笑う。


「みょうじさん、そういう格好も似合ってるね」
「ありがとうございます。少し恥ずかしいですけど」
「恥ずかしがることないよ。本当に似合ってるんだから。さっきの人も言ってたでしょ。可愛いって」
「…はあ」


あんまり褒められるのは得意じゃない。
可愛いとか言われても、表面上のことだけに何の意味があるのか。
辛井先輩はさらりとこういうことを言ってしまうので私は少し苦手な部類の人だ。


「それでは先輩、ごゆっくりどうぞ〜」


私はそそくさと先輩の前から逃げる。
仕切りの後ろ…つまりお茶を入れたりお菓子を用意する場所に行って一息つく。


「なまえ、大丈夫?さっき絡まれてたみたいだけど」
「う、うん。平気…カナヲも気をつけて。変な客いるから」


こそっと耳打ちする。
カナヲはこくと頷いて、お茶菓子を手に出て行く。



あと少しで午前が終わる。
そしたら今度は風紀委員として校舎内を見廻る仕事だ。



19 憂鬱な午前
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