文化祭の準備もいよいよ本格的に始動してきて、授業は無くなり、クラス一丸となって文化祭の小道具を作ったり必要なものを確認したりしている中。
「ちょっとなまえ、着てみてよ」
クラスメイトがニヤニヤとしながら、紫の花の模様が入った着物に紺の袴。帯部分には大きなリボン。そしてこげ茶のショートブーツを掲げる。
「へえ…凝ってるねえ」
「あんたが着るんだよ」
「私だけ…?」
「とりあえず、合わせてみようって話でさ。カナヲでもいいんだけど…」
じゃあカナヲが…と目線をカナヲに向けると、あからさまに目を逸らされた。
「じゃ、やっぱりなまえだね」
その様子を見てたクラスメイトたちが、私を笑顔のまま取り囲んだ。
▽
「善逸、他のクラスに赤色のペンキ余ってないか聞いてきてくれないか」
「えー」
「俺は今手が離せないんだ、頼むよ」
炭治郎は手先が器用なので色んな作業をたくさん任されている。
確かに手が離せないように見える。
「じゃあ伊之助…」
「ハ?行かねーよ。俺は忙しい」
「弁当食ってるだけじゃねーか!」
「頼むよ善逸。後でパンやるから」
「はあ、わかったよ。行ってくればいいんでしょ行ってくれば」
昨日、家に帰ると何となくなまえがよそよそしかった。
昨日は委員会議が終わってから来てくれていたようなのだが、会えなかった。
家に帰って何かあったのか話を聞こうと思ったけれど、何となくそんな雰囲気じゃなかった。
なまえは少し俺を避けていたような気がする。
もう一度会って話をしよう。
なまえのクラスに足を向けて歩き出すと、何だか中が少し騒がしい。
ひょこと教室の中を伺うと、わいわいとはしゃぐ女子たちの真ん中になまえがいた。
「… なまえ?」
俺が声をかけると、なまえの肩がびくりと震えて、振り向いた。
「善逸…」
紫の花柄模様の着物に紺の袴、こげ茶のショートブーツ。
いつもは長くおろしている髪を綺麗にまとめ、黄色のリボンで結んでいる。
振り返ったなまえは恥ずかしそうにしている。
うわっ可愛い過ぎない!?
思わず声に出しそうなのを口元を抑えて我慢した。
しかしにやけてしまうのはどうしても抑えられなくて。
「いいところにきた我妻くん!どう?似合ってるでしょ?」
なまえのクラスの女子たちが何故か誇らしげに
なまえを前に差し出す。
「えっ…と、うん、似合ってる…」
「善逸、顔赤い」
カナヲが小さい声でぼそっと余計なことを言う。
「そんなことねーし!それより赤いペンキ!余ってないデスカ!!」
「余ってるよ、はい」
なまえが赤色のペンキの入ったバケツを取る。
慣れない格好で危なっかしいので、慌ててバケツを支えて受け取ろうとすると、なまえと手が重なった。
なまえは大袈裟に驚いて手を離すので、危うくペンキが溢れそうになる。
なんとか溢さずにペンキを受け取ると、なまえからは今まで聞いたことのない音が溢れ出していて、触れた手を抑えて俺から視線を逸らす。
「…?あのさ、なまえ…昨日さ…」
俺がそう話を切り出すと、なまえはじわじわと目を見開いて、それから悲しげな顔と音をさせる。
「なまえ…?」
「ごめん善逸、まだ作業あるから…」
すっ、と俺の横を通り抜けて行った。
なまえはそのままクラスの人と話して俺に目もくれない。
「どうかした…?」
カナヲが不思議そうに俺をみていた。
「カナヲ、なまえに昨日何かあったか聞いてない?」
「…聞いてない…けど、今日は何だか…元気ないように見える」
カナヲは心配そうに少し遠くのなまえを眺める。
俺は何かあったんだと確信したけれど、どうしたらいいか分からずそのまま自分の教室に戻って行った。
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