がごん、と自動販売機の取り出し口に落ちたお気に入りのはちみつレモンのペットボトルを取り出すと、後ろからこんにちは、と声が聞こえて振り返る。


「あ…辛井先輩。こんにちは」


私が挨拶を返すと、その人物…辛井先輩は爽やかに笑った。
辛井先輩は一つ上の先輩で、サッカー部のエースらしい。
前に生徒手帳を落としてしまった時に拾ってくれたことがあり、それからこうして見かければ話をする程度の仲になった。


「またそれ飲むんだ。好きだよね、はちみつレモン」
「はい、こればっかりですね…はは」


あんまり親しくない人と話すときって、どうしたらいいかよく分からない。
私は自分からたくさん話す方ではないし。
共通の話題があるわけでもないので会話は弾まないし、というかそこまでして会話をする必要も特にないのだが、こうしてわざわざ声を掛けてくれたのだから何か話さなくてはいけないような気になってしまう。
少し会話に困っていると、先輩がにこりと笑う。


「みょうじさんのクラス、文化祭は何やるか決まった?」
「あ、はい。大正浪漫喫茶です。先輩も良かったら来てくださいね」
「本当?じゃあぜひ…」
「なまえ」


先輩の声を遮って、聴き慣れた少し高めの声。
先輩の少し遠く後ろから善逸が歩いてくる。


「善逸、」
「皆飯待ってるぞ、行こ」


善逸が私の腕を引く。
どうしてか少し不穏な空気だ。


「辛井先輩、それじゃあ失礼します」


善逸に引っ張られながら先輩に軽く会釈する。
しばらく歩いて先輩の姿が見えなくなると、善逸の手が自然に離れた。


「どうしたの?善逸の分の飲み物はちゃんと買ったのに…」
「別に…さっきの人って、誰だっけ」
「サッカー部の辛井先輩。前に生徒手帳拾ってくれた」
「ふーん…」


どうしたんだろう?
焼き餅…焼いてるとか…?
善逸の顔をじっと見つめていると、少し照れ臭そうにした善逸が何だよ、とぶっきらぼうに言う。
私はくすりと笑って首を振った。

善逸はそれがお気に召さなかったようで、私にデコピンすると、少し早足になる。
私は慌てて小走りになって、彼の隣を当たり前のように歩いた。







なまえが飲み物を買いに行くと財布を持って教室を出て行ってすぐ、クラスメイトが俺に声を掛けてきた。

「我妻ー、宇髄先生が呼んでたぞ。すぐに美術室に来いってさ」
「は?マジかよ。何の用だあの派手筋肉ダルマ」
「さあ…」


仕方ない。早く行かないと何されるか分かったもんじゃない。
この現代に嫁三人いる頭おかしい奴だしな。
炭治郎と伊之助、カナヲに告げると早速美術室に向かう。
美術室に行くと宇髄先生が俺には目もくれずに仕事をこなしていた。


「お前、提出物まだだぞ」
「提出物…?あっ!」


授業の風景画を提出するのを忘れていた。
もうほとんど出来上がってるから、少し物足りない作品にはなるがこのまま提出しても問題ないだろう。


「風紀委員に文化祭実行委員だっけ?忙しいのは分かるけど出すもん出せよ」
「はあ、分かってんなら期限伸ばしてくださいよ」
「それは無理。ド派手に終わらせろ」
「分かりましたよ」


はあ、とため息を吐く。
次から次へとやることが出てきて頭がパンクしそうだ。
とりあえず話も終わったことだし、教室に戻るか、と思った所で宇髄先生においと声を掛けられる。


「窓の外」
「はあ?」


くい、と顎で窓の外を指す。
見てみろ、と言うことだろう。
忙しいのに何だって言うんだ一体。


「…!」


美術室の窓からは自販機が見えて、そのすぐ側でなまえが男に声を掛けられているのが見えた。
心臓がどくんと嫌な音を立てる。


「こないだ言ってたサッカー部のエース。本格的にみょうじ狙いに来たかもなー」
「俺には関係…」
「ねーの?」


いつの間にか仕事を終えていた宇髄先生がぷくーっと風船ガムを膨らませてこちらを真っ直ぐな目で見ていた。


「……」


関係、ない。
だって俺たちは…ただ一緒に住んでいるだけの…家族なんだから。


「地味な奴だなあおい。好きな女が言い寄られてんのにスルーかよ」
「…っそんなんじゃねーからな!この不良教師!!」


俺は叫びながら走り出す。


なまえが言い寄られてるから邪魔しに行くんじゃない。
なまえが親しくない奴と二人きりで困ってるから助けに行くだけだ。
自分にそう言い聞かせ、俺は自販機に向かって全速力で走った。



「…ド派手に青春してんじゃねえか」



楽しげな宇髄先生の声が少し遠くから聞こえて、心の中でうるっさいわ!と叫んだ。



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