「行ってきなよ、折角だから」


町会での慰安旅行があるらしい。
爺ちゃんは町会でもそれなりの立場にある人で、普段は俺や獪岳、なまえを気にして断っていたようだったが回覧板を見つけて不参加に丸をしてあるのを見た俺がそう切り出した。


「…とは言ってものぅ…」
「俺たちももう子供じゃないんだしさ、自分のことは自分でやれるよ」
「うーむ…」


しばらく考え込んでいたようだが、日頃世話になってる爺ちゃんにはたまにはゆっくり仲の良い人たちと温泉入ったり少しならお酒飲んで楽しんできて欲しい。

俺がそれを告げるとじゃあ、と渋々了承して参加に丸を付けた。







「は?その日獪岳いない?」
「ダチの家に泊まるんだよ」
「そんなこと言って…女の家じゃねーだろうな!そうだったら許さないぜ!俺は!本当に友達の家なんだろうな!?」
「うるせーな、何だって良いだろ」
「ホラ怪しいもう怪しい!!爺ちゃん!いーの!?こんなふしだらな奴が家にいて!!」
「善逸うるさいよ、ご飯中でしょ」


思わずガタリと立ち上がった俺をなまえが嗜めるように腕を引っ張って座らせる。


「獪岳ももう大学生だしなあ、そういうこともあるだろう」
「そういうことって!?」
「じゃあその日は私と善逸二人きりだね」


なまえがにこりと笑ってからずず、と味噌汁をすする。
俺はピタリと体と頭の動きが止まる。
そして次にだらだらと全身から汗が吹き出してくる。


「善逸?」
「…ま、頑張れや」


俺の顔をなまえが心配そうに覗き込む。
獪岳がニヤリと笑う。
…こいつ…!
わざとかよ!
俺は思わず獪岳を睨みつけるが、獪岳は知らん振りを貫いて唐揚げを摘み上げてひょいと口に放り込んだ。







いってらっしゃい、と朝爺ちゃんを送り出して、二人各々好きなことを始める。
お昼になるとなまえが作ってくれた焼きそばを二人で食べて、一緒にゲームで対戦をしたりしてるとあっという間に時間が過ぎて、夕飯の買い出しに付き合う。
買い物を終え、スーパーを出てしばらく歩いていると、ぽつ、ぽつと雨粒が降ってきて、すぐに土砂降りになった。さっきまでの晴れが嘘のようで、雨音が地面に打ち付ける凄まじい音が煩い。


「善逸…」
「走るぞ!」


なまえの持っていた少ない方のスーパーの袋をひったくると、手を握って走り出した。
ばしゃばしゃと溜まり始めた水たまりの跳ねる音と、なまえの心臓の跳ねる音が重なった。


家に着いて、びしょ濡れのまま靴下を抜いでサッと脱衣所に向かって二人分のタオルを取り出し体を拭く。

「また風邪引くといけないから風呂に入れよ」
「善逸…電気つかないよ」
「え…」

ぱちん、となまえが電気のスイッチを何度か押して見せる。
俺も他のスイッチを押すが反応がない。
確かに電気がつかない。


「…停電してる…」


買ってきた食材を一応冷蔵庫に入れる。
停電してるのであまり開け閉めするのは、よくなさそうだ。


「お風呂、入りたいね…」
「とりあえず身体拭いて着替えよう…」
「うん」


お互い自分の部屋に戻って、着替えて居間に戻ってくる。
既に外は暗くなりかけていて、部屋の中は薄暗い。
なまえは不安そうな顔をしながらもこもことした可愛らしいルームウェアに身を包んでいる。
白い脚が薄暗闇の中でも見える。


…この暗闇の中二人きり?嘘すぎじゃない?とてもじゃないが耐えられないぞ。


「善逸…」


なまえが俺の腕を掴む。
俺はどきりとしながら平静を装って振り返る。


「く、暗くなってくよね…」
「そう、だな」
「…どこにも行かないよね…」


ハッとする。


……あ、そうか。
なまえは怖いんだ。
実の親に何度も暗闇の中置いていかれた記憶があるから。
一人で暗闇の中蹲っていた記憶と重なっているんだ。


「大丈夫、俺はここにいるよ」
「善逸…」


うん、となまえが小さく頷く。


何をするでもなく、二人ソファに座る。
そして二人の指が触れるか触れないかの距離でもどかしく置かれて、俺は居た堪れなくなる。


アナログ時計のチクタク音となまえと俺の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
お互い無言でどんどん暗くなっていく視界の中でその存在だけを必死に感じている。


「…ろうそくとか、探せばよかったかな」
「…あ」


なまえの言葉でその存在を忘れてた事に気づく。


「…スマホの明かりで探してくるからなまえはここで待ってて」


立ち上がろうとすると、なまえが俺の服の裾を掴んで泣き出しそうな音を立てる。
表情は暗くてよく見えないけど、ここに残されるのが嫌なのだろうなまえの指が震えている。


「…一緒に来て」



俺がそう言うと、わかりやすく喜んで頷く。
そしてすぐに立ち上がって俺の手を取る。

なまえは自分の部屋にあると言うので二人でゆっくり階段を登ってなまえの部屋にあったアロマキャンドルを持って、行きよりさらに注意深く階段を降りる。



アロマキャンドルに火をつけて、ゆらりと揺らめく火を見ながら、手を繋いだまま二人で寄り添う。


「…善逸、綺麗だね」
「ん…うん…」
「アロマキャンドルがこんなに綺麗だなんて知らなかった」


少し落ち着いて炎に照らされたなまえの横顔が少し大人びて見えてドキッとした。


「…雨、止まないな」
「うん…」


耳の良い俺には少し辛い雨音だけど、なまえの平坦な心音を聞いてると何故だか心地よくなってくる。


どれだけの時間をそう過ごしただろうか、この暗い部屋の雰囲気にも慣れてきた頃。


ふわりと花のような香りがして、とん、と俺の肩になまえの頭が乗った。



「… なまえ?」


小さく声をかけると、すぅ、と寝息が聞こえてきた。
どうやら眠ってしまったようだ。
しかし手はしっかりと握ったまま。


俺はどうして良いかわからず目が冴えて、全く眠くならなかった。







気がつくと外からちゅんちゅんと雀の鳴く声が聞こえて、外はすっかり晴れて朝になっていた。

私は身体を起こすと自分の肩にブランケットが掛かっている事に気づいた。


恐らく善逸が掛けてくれたのだろう。
その善逸は隣ですやすやと寝ていた。
私は自分に掛かっていたブランケットを善逸に掛けると、少しだけ身動ぎしてまたすぅと寝息を立てる。


その耳元にこっそりとありがとう、とお礼を言った。



10 暗闇
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