「好きです」


ひゅお、と風が中庭を吹き抜ける。
なまえは風が収まるのを待ってから、その乱れた長い黒髪を緩やかな動きで耳に引っ掛けて、表情の読み取れないまま「ごめんなさい」と口にした。


俺は中庭に向かう途中の自販機の側で買ったばかりのなまえのお気に入りはちみつレモンのペットボトルと自分のお茶のペットボトルを抱えたまま固まって動かなくなっていた。


ごめんなさい。


なまえのその言葉を聞いてホッとした自分が酷く性格の悪い人間に感じて居心地が悪い。
そもそも盗み聞きなんかするつもりじゃなかったのに、本当に偶々通りかかったらなまえが呼び出され告白されそうな雰囲気を醸し出してたから思わず隠れてしまった。


「なーに地味に盗み聞きしてやがんだ」
「げっ…」


顔を上げると宇髄先生が俺のことを風船ガムを膨らませながら見下ろす。


「ここはド派手に乱入する所だろーがよ。俺のなまえに手出すなーとか言って」
「ハア?馬鹿じゃないの!付き合ってるわけでもないのにそんなことするかよ!」
「じゃーアイツが他の誰かに取られてもいいわけだ」
「っ」


反応しまいと必死に取り繕っていたのに、その言葉には思わず素直に反応してしまって。


「そーいやサッカー部のエースの奴もみょうじ狙いだったなー」
「…なまえはそんな奴に靡かねーよ」
「ふーん…」


ぱちん、と風船ガムが弾けて、またもぐもぐと噛み続けながら俺を白々しく見下ろす宇髄先生に、俺はもう行きます!と半ばキレ気味に背を向ける。



「…ややこしい奴らだなあ」



宇髄先生が俺の背中に向かってそうぽつりと呟いて、また風船ガムを膨らます音がする。
知ってるよ、お互い分かってんだよそんなこと。


教室に戻ると何食わぬ顔したなまえがいくつかくっつけた机にお弁当箱を2つ取り出している所だった。

俺はなまえの前にはちみつレモンジュースを置くと、なまえがありがとうとお礼を言って俺の前に同じおかずの入った弁当箱を開けてくれた。


「紋逸おせーぞ!」
「待ってたぞ、早く食べよう」
「伊之助は先に食ってんじゃねーか」


炭治郎とカナヲとなまえはしっかり待っていてくれたようだ。
伊之助は既にでかい弁当箱の半分をガツガツと食べ終えていた。


「おせーのがわりーんだよ!」
「そんなこと言ってるとお前とは一緒に飯食ってやんねーからな!」
「そうだぞ伊之助。皆で食べた方が美味しいんだから少し待て」
「何言ってんだ?」


伊之助は首を傾げながらお弁当のおかずを次々に口に放り込んでいく。
カナヲは相変わらず少し困った顔をしていた。
なまえはニコニコとしながらほらほら、と俺の席の椅子を引いてぽんぽんと叩く。


「早く座って食べよ?」
「そうだな」


いただきますと皆で手を合わせて弁当を食べ進める。
食べながら横目でなまえを盗み見る。
なまえはふっくら焼けたミニハンバーグをつついていた。


さっきの告白が脳裏にちらついていた。
なまえは気にしていないようで、楽しそうに話しをしている。

まあ、告白はいつものことだ。
所謂日常茶飯事。

学園三大美女だなんて言われる程の容姿の持ち主のなまえはほぼ毎日誰かからアピールされている
持ち前の空気を読む力でのらりくらりとかわしているが、時々ああして真正面からぶつかってくる奴もいて告白を受けたりしている。


「善逸、善逸」
「ん…?」
「ハンバーグどうかな?」
「うん、美味しいよ」


俺がそう言うだけでとろける程嬉しそうな顔をして笑うなまえ。
どうしてもその表情を見ると胸が掴まれるような感覚になる。


ああ、嫌だな。


俺はふいと視線を逸らしてなまえを視界から消す。


あの時なまえと出会ってなかったら、きっと俺はなまえの中でその他大勢の中の一人だっただろう。



俺にもっと自信があれば。
なまえを幸せにしてやれる自信。
けどそんなものはない。

爺ちゃんに習ってた剣道は何度も逃げ出した。
嫌なことがあればいつでもビービー泣き叫んでは人に縋り付いた。
こんな情けない俺が、なまえの横にいる資格なんてない。


なまえにはきっともっと良い人がいるはずなんだ。



09 お互いを
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