俺には親がいない。
幼い頃、爺ちゃんが孤児院から俺を引き取って育ててくれた。
爺ちゃんは昔剣道の師範をしていて、今はもう引退してしまったが、俺を立派な剣道家にするために引き取ったのかと思うくらい毎日毎日地獄の特訓をさせられていた。
ある時からは煉獄さんという人の剣道場の門下生となって毎日修行に明け暮れてくたくたになっていた。
剣道の練習を終えるといつも夜だった。
早く帰って飯食って風呂入って寝よ。疲れた。
そう思って近道の公園を通りかかった時だった。
ブランコがゆらりと揺れるのが目の端に止まった。
薄暗い切れかかった照明に、ブランコが照らされて、項垂れるように小さく所在なさげにブランコを揺らす黒く長い髪の女の子がいた。
こんな時間に、公園で女の子が一人。
小学生がだぞ。
おかしい、とまだ幼い自分も十分に理解できて。
「…ねえ、君どうしたの?具合でも悪い?」
思い切って、話しかけてみた。
女の子はゆっくりと俺を見上げる。
大きく夜空のような瞳が俺を映す。
俺が見てきた女の子の中で、明らかに一番可愛いと言える容姿をした少女に思わず息を呑んだ。
そしてその女の子の瞳からはぽろぽろと大粒の涙を零した。
俺は慌てて謝って、宥める。
少女は首を振って、ありがとうと言った。
そして何となく隣のブランコに座って、どうしてこんな時間に公園に居るのか聞いた。
少女はゆっくりとしゃくり上げながらも話してくれた。
両親の仲が悪く、その矛先が自分に来るのだと。
酷く怯えた様子だった少女に、俺はどうしていいかわからず、かと言って暴力を振るう両親のいる家に送ることも出来ず、少女の手を引いて自分の家に帰った。
その後は爺ちゃんが何とかしてくれた。
そうしてなまえは家に預けられることになった。
それから一緒に剣道場に通うようになって炭治郎や伊之助、カナヲと知り合った。
…そして、今に至る。
「善逸、帰ろ」
なまえが鞄を持って俺のクラスまでカナヲと一緒に来ていた。
カナヲはついでに寄っただけでこれからしのぶさんの所に行くらしい。
「あれ、栗花落さんとみょうじさんだ」
「学園三大美女の二人、いつも一緒だよな、可愛い〜」
「うわ、ちょっとでいいから話してぇー」
「やめとけやめとけ、高嶺の花すぎる」
聞こえてるっつの…。
カナヲはともかく、この半分俺にしか興味がないような女の子が学園三大美女の一人。
しかも一緒に暮らしてる。
周りには一応隠しているが本人は隠す気ゼロなところが憎らしい。
全部とばっちりが俺に来るんだっての。
「…炭治郎ん家のパン屋寄るんだっけ」
「そう、後帰りにスーパーも。あ、そうだ。今日は獪岳夜ご飯いらないんだって」
「あ、そ…」
何でそんなこと知ってんだ、と思ったが意外と連絡し合ってるのを俺は知っていた。
あいつ俺の連絡は無視するくせに、なまえにはしっかり返してやがる。
思わず少しムッとする。
「炭治郎は?どうせなら一緒に行こうよ」
「あー…何か、禰豆子ちゃん迎えに先に帰っちゃった」
「えっ!?そ、そうなんだ…」
なまえの後ろで残念そうな音が聞こえた。
カナヲの音だ。
恐らく炭治郎に会いたくてついてきたのだろう。
普段は無表情なのに炭治郎が絡むと表情豊かになって可愛らしい。
「あいつ…我妻だっけ?栗花落さんとみょうじさんと一緒にいるの」
「何であんな奴が…」
だから聞こえてるっつの!
俺は人一倍いや人二倍以上耳が良いんだからさ!!
「じゃあ、また明日ねカナヲ」
「うん…」
「明日も炭治郎に一緒にお昼ご飯食べないか聞いてきてあげるから、ね?」
「!…な、別に…」
カナヲがなまえの言葉にあわあわと顔を赤くする。
なまえはにこりと笑ってわかったわかったとカナヲの頭を撫でた。
それを見ていた周りの男連中がおぉ…と小さく感嘆の声を漏らす。
「また明日、カナヲ」
「うん、またね、なまえ」
二人が別れて、俺はなまえと歩き出す。
俺の隣に並ぶなまえから少し嬉しそうな音がこぼれた。
それに気付いた俺は嬉しさと気まずさで視線をふいと遠くにやって素知らぬ顔をする。
分かってる。…分かってるよ。
周りがガヤガヤ言わなくても。
なまえと俺じゃあ釣り合わないって。
なまえの月のような綺麗な瞳が、俺を優しく見つめるのも。
鈴のような綺麗な声が甘く俺の名前を呼ぶのも。
全部知らないフリして。
何で、俺なんだよ。
小さく心の中で呟く。
嬉しそうに俺の隣を死守する女の子が。
それを知ってなお、踏み出さない俺が。
…酷く滑稽で。
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03 なんで俺なんだよ