街に出ていた爺ちゃんが、ある日いきなり女の子を連れて帰ってきた。
それはもう背筋がぞくっとするくらい自分のど真ん中の好みの女の子で。


「は、はじめまして」


震える声で話しかける。
女の子はゆっくりと、顔を上げた。

視線が交錯して、少しの間が空いて。


「…はじめまして。みょうじなまえです」


ぺこと無表情のまま女の子… なまえはお辞儀をする。


「俺は我妻善逸…」
「…」


なまえはすぐにふいと俺から視線を外した。


そしてなまえとの共同生活が始まった。
爺ちゃんが言うことはしっかり守るし、家事も何でも一人でこなしていた。時にはやり過ぎなくらいなことがあって、寒い冬の日に一人で全員分の洗濯物を洗っていたのには驚いた。

手はキンキンに冷たくなっていて、アカギレが酷かった。
可哀想に思った俺が椿油を買ってきて塗ってあげるとなまえは初めて嬉しそうにしてくれた。

初めて見た嬉しそうな表情に、俺は目を奪われて息を呑んだ。


それからなまえの喜んだ顔がもっと見たくなった俺は、毎日のように二人で修行を抜け出しては美味しい桃のなる木を案内したり、なまえに白詰草の花の輪っかを作ってあげたりした。

相変わらず表情は乏しいし、聞こえてくる音は酷く平坦で聞き取りづらいけれど、何故だか毎日毎日なまえが気になって仕方なかった。

顔が好みということもあったのだろうが、それ以上にこの子の笑う顔をたくさん見たいと思った。


いつの日か、鬼に襲われたことがあった。
怖くて失神してしまった俺が目を覚ますともう鬼はいなくなっていて、変わりになまえから聞こえる音が少しだけ柔らかいものになっていた。

それからなまえはよく俺の名前を呼ぶようになった。
何をするにも側にいるようになった。

表情もどんどん豊かになって、可愛らしく笑うことも増えた。

爺ちゃんは善逸のお陰だと笑ったけど、俺には何の心当たりもなかった。



そしていつからか、俺の名前を呼ぶ声が羨望と愛情の混じった音に変わった。

俺なんかにそんな音を向ける人は他にいなかったから、どう接していいか分からなかった。
なまえはいつでも俺の側を離れない。
いつか俺を守って死ぬんじゃないかとすら思うほど。


「善逸、何してるの?」


そして今は、俺の名前を大切なものを扱うかのように呼び、愛おしいものでも眺めるかのように俺を見つめる。


出会ってからたくさん努力して、たくさん色んなことを知った、俺の一番大切な女の子。


「…昔のこと思い出してた」
「昔のこと?」


なまえが真意を探ろうと俺の瞳の奥をじっと見つめる。
さらりと肩口から流れる黒髪に目が奪われる。


「なまえと出会った頃のこととか…」


それを聞いたなまえは目を丸くした後、くすりと笑う。


「そっか、何か照れるなあ」


そして当たり前のように俺の手を握り、肩が触れるほど近くに立つ。
ふわりと石鹸となまえ特有の花のような甘い匂いがしてどきと心臓が跳ねる。


「色んなことがあったね」
「うん」
「これからも一緒にいてね。善逸」
「もうやだって言っても離してやらない」
「そっか」


なまえはただ幸せそうに笑った。


ああ、そうだ。
出会った頃の俺は、なまえのこの表情が見たかったのかもしれない。



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