藤の花の家紋の家。
ここは私が生まれ育った生家。
この家に生まれ育ったからには、この家で鬼狩り様に無償で衣食住を提供し感謝する。
私は鬼というものに会ったことがないが、先祖代々からの慣しでそう決まっているし、物心ついた時からそれが普通だったので私はなんの疑いもなく鬼狩り様…鬼殺隊の人たちを信用してたし、信頼もしていた。
傷を負ってやってくる剣士たちを何人も見ている。時には瀕死状態の人を連れてくることもあった。
しかしその人は私が今まで見たことのある鬼殺隊の中でも群を抜いて変わった人だった。
「伊之助さん、またこんな怪我したんですね。お医者さま呼びますから部屋にいてくださいね」
「あ?医者?いらねーよんなもん。舐めときゃ治る」
「駄目です。骨も折れてるかもしれません。絶対に安静にしててください!」
チッという舌打ちを背に受けながら部屋を後にする。
入れ替わりでお婆ちゃんが替えの服を持ち部屋に入って行った。
私は医者を呼びに行くとお婆ちゃんに一声掛けてから家を出る。
伊之助さんがやってきたということは今夜は天ぷらだろう。ついでに材料をいくつか買って帰ろう。
贔屓にしてるお医者さまを連れ家に帰ると、伊之助さんは案の定走り回っていた。
「何してるんですか!怪我してるって言ってるでしょう!」
私は怒って伊之助さんの腕を掴む。
力が強くて引っ張られそうになりながらもなんとか部屋に戻してお医者さまに見てもらう。
お医者さまは軽い打撲や擦り傷だと言って治療してくれた。
「ホラ何でもなかっただろうが!」
「なんでもなくないです!とにかく安静にしててくださいね」
私は部屋に散らばっていた伊之助さんの服をテキパキと拾い集めて、部屋を出てぴしゃりと戸を閉めた。
次に伊之助さんの着ていた服を洗いに庭へ出て、ごしごしと水と石鹸でよく洗うとよく日の当たるところに干しておく。
台所に向かうと、お婆ちゃんがもう夕飯の準備をしていた。
早いな、なんて思ったけれど伊之助さんが早く食いてえとか言ったんだろうなと呆れる。
「お婆ちゃん、手伝うよ」
「…じゃあお野菜を切ってもらおうかねえ」
お婆ちゃんが人参や大根などを渡してくる。
煮物にするらしい。
私は手際良く野菜をとんとんと切っていく。
「今日は衣のついたアレあんのか!?」
急に大声が背後から聞こえてびくと思い切り肩が跳ねた。
その反動でつるんと野菜が手元から消えてざく、と指を切ってしまう。
「いっ、」
思わず小さく声を漏らす。
指先から血が流れ出る。
「あ?指切ったのか?どんくせー奴だな」
「いっ、伊之助さんが急に出てきてびっくりさせるから…!」
「あー?」
伊之助さんは、私の手をぱしっと取って、いつも着けている猪の頭を脱ぐ。
じっと私の血の流れた指を見つめると、ふいにぱく、と口に咥える。
「なっ…な、な!?」
驚いて言葉が出てこない。
端正で綺麗な顔立ちが、「?」と不思議そうな顔をして私を見上げる。
「舐めときゃ治る、こんくらい」
「だ、だからって…ひ、人の…」
「お!衣のついたアレあんじゃねえか!」
怒ってる私を他所に、天ぷらを揚げるお婆ちゃんに嬉しそうに近寄って行く。
お婆ちゃんは、ええ、ええ、とニコニコ笑うだけ。
「おい!孫女俺の分の煮物多くしろよ!」
「ま、孫女…!?私の名前はなまえですと何度言えば…」
「いいから早く作れ腹減った!」
「っ!」
なんて人!
今まで何人も鬼殺隊の人を見てきたけどこんな無礼な人は見たことない!!
私は怒り半分で野菜を切る作業に戻る。
「おい、なまえ」
「えっ」
まと後ろから声を掛けられて驚く。
今度は指を切らずに済んだ。
「ここ血ィ付いてるぞ」
無意識に怪我をした指で頬を擦ったらしくそこに血がついたみたいだ。
「ああ…ありがとうございま…」
ぺろ、と頬を舐められる。
私はバッと頬を押さえて後退りをする。
ばくばくと、心臓が煩い。
舐められた箇所へどんどん熱が集まっていく。
「んじゃ、飯まで走ってくるぜ!」
「あっ、ちょっと!」
だだだ、と効果音がつきそうな速さで伊之助さんは台所を去っていく。
そして台所に残された私の感情は行き場を失い、ただただ頬の生暖かい感触だけが残った。
この感情の行き場は