「わあ…綺麗!」
蝶屋敷の裏に小道を歩いていくと花畑がある。
更に少し進んで、木々に覆い隠れたその先。
先ほどの花畑の比ではない量の色とりどりの花が咲き乱れている。
蝶屋敷の周りにいつも飛んでいる蝶たちも花の周りでひらひひらりと気持ち良さそうに飛んでいる。
「こんな場所あったんだね」
「前に機能回復訓練から逃げる時に見つけた!いつかなまえに見せてやろうと思ってさ」
善逸がやけに得意げに言うので笑ってしまう。
見つけた理由がなんとも善逸らしい。
「もしかして…善逸以外でここに来たのは私が初めて?」
「うん、ここはなまえ以外誰にも教えてない。俺の秘密の場所」
善逸の秘密の場所。
そんな大切な場所を私だけに教えてくれたことが嬉しくて、そわそわする。
周りを見渡す。
赤、青、白、黄…
たくさんの色に囲まれて、私たちの周りだけ別空間のようだ。
とある一角に、見慣れた葉を見つける。
「…あ、白詰草」
「…輪っか、作ってあげようか」
「いいの?」
「うん」
二人でしゃがんで、善逸が白詰草で輪っかを作る。
師範の屋敷にいる時、たまにこうして善逸が冠を作ってくれたっけ。
細く見えるけどしっかりした体格で、ゴツゴツした男の子の手が繊細に白詰草の輪っかを編んでいく。
その様子を見ながら、私は話す。
「無限列車での鬼の血鬼術でね…夢を見たの…それは私の望む最高の夢だった。どんな夢かって言うとね、善逸が禰豆子ちゃんと結婚するの。善逸は鳴柱になっててね、私はその右腕として頑張ってる夢。善逸が幸せそうで、それを見た私も幸せになって…幸せすぎて、涙が止まらなかった」
白詰草の輪っかを作る善逸の手が、一瞬止まった。
「ずっと夢見てきた夢だったのに、私は悲しくて辛くて泣いたの。…善逸を、禰豆子ちゃんに渡したくないって思った」
恥ずかしいな、こんな自分の気持ちを曝け出すの。
でも何故だろう。今、この場所で聞いて欲しいと思った。
「善逸が好き。大好き。誰にも渡したくない」
身体全部が心臓になったみたいに脈打つ音がうるさく、熱い。
隣の善逸を、盗み見る。
少し頬を染めて、拗ねたような表情をしながら白詰草を編んでいる。
「…先に言うなよ、本当馬鹿だななまえは」
私はえ、と小さく声を漏らした。
善逸がため息をつく。
「なまえが俺のことを守ったり自分より優先するのは、俺が弱くて情けないからだって思ってて」
「善逸は強いよ」
「…なまえはいつもそう言うけど、俺は俺に自信が持てなかった。だから自信が持てるようになったら… なまえをお嫁さんに、するって…決めてた」
「およめ、さん…?」
いつの間にか出来上がっていた白詰草の冠を、善逸は優しく私の頭に乗せる。
そして善逸が少し微笑みながら私の手を取る。
その真っ直ぐな瞳が、私を見つめる。
私はふわふわとした感覚に身を委ねながら、善逸の次の言葉を待った。
「俺も、俺の方が… なまえのこと好き。まだ弱いから今は無理だけど、もっと強くなったら」
善逸が真っ赤な顔をして、一語一語大切に言葉にする。
「なまえを貰う」
そして頬に善逸の男の子の手がそっと触れる。
…熱い、な。
私も、善逸も。
お互いの顔がそっと近付く。
そして、唇が重なった。
初めての口づけは、熱くて優しくて…。
とろりと甘い蜂蜜のようで。
「俺が強くなったら、結婚して下さい。じいちゃんとなまえと暮らしたあの家みたいに温かい家族になるんだ」
「…なれるかな…」
「なれるよ」
善逸が私を抱きしめた。
ふわりと善逸と花の優しい匂いがして。
私はその優しい胸の中で小さく頷いた。
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33 蜂蜜のような恋でした