どく、どく、どく、と脈打つ早い鼓動が聞こえる。
誰かを心の底から想う幸せな音。
聞きたくない。
でも耳を塞ぐことは出来なくて、この音が俺に向けられているものだったら良かったのにな、と少し先を歩くなまえの後ろ姿を視界の端に収める。
「まだ着かねえのかよ!その何とか村ってのは!」
伊之助がイラついた様子で俺の後ろから大声を出す。
「まだだ。この調子だと後30分て所だな」
「チッ!腹減った!飯食いてえ!」
「もう、伊之助ったら…さっき食べたばっかりじゃない」
「しょうがないなあ。ほら、おにぎりだ」
伊之助が炭治郎からおにぎりをもらう。
むんずと掴むとがつがつと食べ始める。
食べ終えると満足したらしく静かになった。
「それでね、炭治郎」
「ああ、何だ?」
なまえが炭治郎ににこにこ笑いかけながら話をする。
俺はふいと視線を逸らす。
「あ?どうした紋逸!」
「なんでも、ない」
伊之助が俺の様子を不審に思って声を掛けてくる。
相変わらずなまえは幸せそうな音で溢れている。
好きな子が違うやつにこの音を向けている。
昔から何度も何度も聞いてきた。
昔の俺は、違うと知りつつその音が自分に向けられたものだと思い込むことができた。
でも今の俺は、何故かそれが出来ない。
だって、俺と喋ってる時はあんな顔しない。
音だけじゃなくて、とろけそうなほど幸せそうな顔で笑いかけてくれたりしない。
「着いたぞ!ここがさっき言ってた村だ」
「確か、村の人たちみんな血鬼術で屍になっているのに戦わされている…っていう」
想像しただけでおぞましい。
死体が動いて、攻撃してくるのだ。
ぞわわ、と鳥肌が立つ。
気にしてないのか、3人は村の中へ踏み入ろうとしている。
「ひぃいやあああ!待って待って待って!」
「どうした善逸!?急に声なんて挙げて…」
「だって俺も同じようにされちゃうかもだろ!何で怖くないのお前ぇ!?」
そんなこと言ってもなあ、と炭治郎。
「…きっもちわりぃな」
伊之助がはあとため息吐く。
「そんな目で見るなよお!だって怖いんだあぁ!死んだ人が動いてるのを見るのも、そんなことする鬼も!!」
「善逸、大丈夫だよ。こっちは4人もいるんだし」
「4人て!たった4人じゃない!!向こうは村の人ほとんど敵みたいなもんなんでしょ!?しかも血鬼術使う鬼もいる!!死んだよこれ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅううう」
うずくまって頭を抱える。
ぶるぶると震えが止まらなくなる。
それを見たなまえがしょうがないなあ、と苦笑する。
「炭治郎、伊之助。先に行っててくれる?善逸宥めてすぐ追いかけるから」
「なまえがそういうなら安心だな。行こう!伊之助」
「けっ」
二人分の足音が遠くなっていく。
えぐえぐとしゃくり上げながらちらりと様子を見る。
なまえが優しい眼差しで俺を見下ろしている。
目が合うとにこりと笑って、しゃがんで同じ目線になる。
「大丈夫。私が守るから。私の背中は善逸が守ってね」
にこにこと俺の頭を優しく撫でる。
本当はもっと一緒に炭治郎といたいくせに、俺が怖がって動けなくなるといつもこうやって残って慰めてくれる。
どうしてこの子はこんなに優しいんだ。
なまえからは呆れている音なんて一切しない。
ただただ、俺に精一杯"大丈夫だよ"を伝える音だ。
そんななまえだから、つい甘えてしまう。
こうしてる時間がずっと続けばいいのに、と思うのに。
「ほら、炭治郎が待ってる。行こう」
朗らかに笑って俺に手を差し伸べる彼女は優しくて、少し残酷だ。
優しくて、残酷。