「こっちこっち!こっちの桃が美味しいから!」


禰豆子ちゃんの手を引いて走っていく。
ここは俺の庭も同然。
たくさん案内して楽しませてあげなくては。


「白詰草もたくさん咲いてる!白詰草で花の輪っか作ってあげるよ禰豆子ちゃん!」
「うん、たくさん作ってね!」
「途中に川があるけど浅いし大丈夫だよね?」
「川?」


禰豆子ちゃんが、不安そうな顔をする。


「善逸さんどうしよう私泳げないの」
「俺がおんぶしてひとっ飛びですよ川なんて!」


うひょー!と上がるテンションを抑えつつ、禰豆子ちゃんを案内していく。




…あれ?美味しい桃の木知らなかったっけ?
川、いつも一緒に入ってなかったっけ?
白詰草の輪っか、よく作ってあげなかったっけ?

何だか不思議な気分になる。

でも今は目の前にこんなに可愛い禰豆子ちゃんがいて、こんな天気の良い日に二人きり。
今は楽しもう。


「ほら、こっちだよ禰豆子ちゃぁーん」


『うぅ…』


「…?」


『ぐす…うっ…』


「何…泣き声…?」


女の子の、泣き声。
知ってる声。
この声を聞いた途端、何だか心の中がざわざわと落ち着かない。

足を止めた俺を、禰豆子ちゃんが心配そうに見ている。


『善逸ぅ…』


!!
身体にびりりと電流が走ったかのような感覚。
俺の名前を消え入りそうな声で呼ぶ。

切なくて、胸が締め付けられる。

何だこれ、誰だよ。
どうしてこんなにも俺の心を揺さぶる?
とうしてこんなにも…泣きたくなる?


「善逸さん、行ってあげて」
「禰豆子ちゃん…?」
「呼んでるよ、貴方のとっても大切で大好きな女の子が」

繋いでいた手を離す。


「…ごめん、禰豆子ちゃん…行かなきゃ…」


どうすればいい?どうすれば…







「…!」

ここは…?
周りはたくさんの白詰草が咲いている。
温かい日差し。
蝶々がひらひらと白詰草の上を踊るように飛び回る。


「それにしても善逸がなぁ…」


いつの間にか隣に正装を着た炭治郎が立っていた。


「あんなに泣き虫だったのに今では鳴柱だ。…それに妹の禰豆子と祝言を挙げるとは…」
「そうだね…」


そう、だった。
今日は善逸と禰豆子ちゃんの結婚式。
幸せそうに笑う二人を私たちは少し遠くから眺めていた。
私たちに気付いた白無垢姿の禰豆子ちゃんが人懐こい笑みを浮かべて駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、なまえさんも今日はありがとう」
「おめでとう禰豆子」
「おめでとう禰豆子ちゃん」


禰豆子ちゃんは優しく微笑む。
善逸もやって来て、照れ臭そうに笑った。


「なまえさん、これからも鳴柱の右腕として善逸さんをよろしくね」
「うん」


善逸と禰豆子ちゃんが目を合わせて微笑み合う。


ああ、なんて幸せなんだろう。
善逸は善逸を大事にしてくれる人と一緒になって、私はそんな善逸の隣で貴方を守っていける。


幸せだ。


幸せすぎて…。


ぽた、と涙が一粒零れ落ちた。


「あ…」


するとどんどん止まらなくなって、私の瞳からはぼろぼろと止めどなく涙が溢れ出る。


…嫌。…嫌だよ。


どうして善逸の隣にいるのは私じゃないの?
どうして善逸と目を合わせて幸せそうに笑いあうの?


善逸を幸せにするのも隣にいるのも守るのも全部私がいい。
善逸の全部が欲しい。
私は、我儘なんだ…。


「善逸ぅ…」


幸せそうな善逸が、涙で滲んでいく。





ふと視界の隅に不穏な空気を感じ取った。
いまのは、なに?



『なまえ!!』



あれ、善逸の声…?前にいる善逸は喋っていないのにどこから?



『泣いてるのか?なまえ!!』



ぼうっ、と身体が燃えた。
禰豆子ちゃんの、空気。


「これ…夢、なの?」


起きる方法は、何?
分からない…。


ふと、自分の服装が隊服に変わっていき、腰に日輪刀が差してあるのに気付く。


「も、しかし…て…」


刀を取り出す。
目の前にいる善逸の表情が曇った。
炭治郎が何してるんだなまえ!と叫ぶ。


私は震えながら自身の首に刀を持っていく。


「大丈夫だよ、なまえさん」


いつの間にか普段の格好をしている禰豆子ちゃんが優しく微笑んで私を抱きしめる。
温かい炎が私を包んでいる。
禰豆子ちゃんの火だ。


「これは悪い夢だよ」
「違う…良い夢だった」
「悪い夢なの。気付いて」


本当に、私が望んだ夢だったんだよ、禰豆子ちゃん…。

私は良い夢をありがとう、と禰豆子ちゃんにお礼を言って、思い切り自身の首に刀を当てて力を込める。



「ーーっ!!」



27 私が望んだ夢
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