鬼を倒したら、本の中からあの樹木の中に埋まっていた子供たちが出てきた。

みんな気を失っているようだが、息もちゃんとしてるしどこも怪我していないようだ。


攻撃が貫通した左肩を抑え、右足を引き摺りながら村へ戻り、子供たちが戻ってきたことを伝える。
みんな一様に感謝して、私を家に泊めてくれた夫婦もありがとうと泣きながら私の怪我の手当てをしてくれた。


カア、カアと私の鎹烏が空で鳴いている。

そして私の頭の上に着地。


「善逸、重症!那田蜘蛛山ニテ重症!!」


!!
私から声にならない声が漏れた。

この鎹烏には、万が一善逸に何かあった時に教えてくれるよう頼んでおいたのだ。


私は立ち上がり走り出す。
幸いこの村の隣が那田蜘蛛山だ。


村の人がその怪我でどこに…!と制する声が聞こえたけど、痛みなんてもう何処かへ吹っ飛んでいた。


「善逸…善逸…!」


走りながら空気を辿る。
善逸の纏う空気。私ならわかる。

こっちだ。分かる。

走れ、もっと早く。
怪我が悪化する?知るかそんなこと。
善逸が大変なんだ。


しばらく山の中を走っていくと、浮いている小さな小屋が見えた。
私はとん、とん、と跳ねるように小屋の上に飛んで行く。


血を出し真っ青な顔をした善逸がシィ、シィと独特の呼吸をしている。


「善逸!!」
「… なまえ」
「だめ、喋らないで…」


呼吸が乱れると良くない。
多分呼吸で毒か何かの巡りを遅らせている。

どうして私は大切な人がこんなに傷付いているときに何も出来ないんだろう。

悲しくて悔しくて涙がぽたぽたと落ちた。


「死なないで、善逸…死なないで…やだよ…」


善逸の手を握る。
善逸の手首に、私が渡した黄色いリボンが巻かれているのが見えた。


「善逸…好きだよ…」


ふと、下から鬼の空気を感じる。
まだいたのか。
ふざけるな。

私は今非常に腹が立っているんだ。







親のいない俺は誰からも期待されない。
誰も俺が何かを掴んだり、何かを成し遂げる未来を夢見てくれない。
誰かの役に立ったり、一生に一人でいいから誰かを守り抜いて幸せにするささやかな未来ですら誰も望んでくれない。

一度失敗して泣いたり逃げたりすると、あぁコイツはもう駄目だって離れていく。


でもじいちゃんは何度だって根気強く俺を叱ってくれた。
何度も何度も逃げた俺を何度も何度も引き摺り戻して。

なまえも俺が殴られるたびに痛そうだねって水で濡らした手拭いを当ててくれて、いざというときは俺を庇ってくれた。
どれだけみっともない所を見せたってなまえは呆れて離れるどころかしょうがないなあ善逸はと笑って側に居てくれる。



夢を見るんだ。
いつかたくさんの人の役に立って。
なまえを心配させないで守れるくらい強くなって。


…世界で一番幸せなお嫁さんにしてあげる。


なまえは両親に恵まれなかった。
俺もだけど。
最初からいなかった俺と違ってなまえの両親はなまえを殴る蹴る飯抜きは当たり前で、花街に喜んで売るような人たちだったらしい。


だからなまえは"家族"に怯えてるんだ。


でも俺が違うって教えてあげる。
家族ってあったかいもんなんだって。
じいちゃんみたいな優しいもんなんだって。


でも、もう駄目だ…。




『諦めるな!』『死なないで』




そうだ…。
諦めるな…。

呼吸を使って少しでも毒の巡りを遅らせる。



「善逸!!」



あれ…幻覚、か?
なまえが、見える。

大きな夜空のような瞳からぽろぽろと涙が溢れている。
泣くな、なまえ。


好きな子が泣いてると、俺まで悲しいよ。


「善逸…好きだよ…」


その後なまえの音は遠ざかって行った。
今のはやっぱり幻覚だったのか?
もう何が何だか、わからないや。



「もしもし、大丈夫ですか?」



17 守れなかった
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