「むかしむかし、小さな王子さまがいた。王子さまは自分よりわずかに大きいだけの星に住んでいました…」


鬼が本のページをぺらりとめくる。
そして読み聞かせでもするかのような語り口で話し始めた途端、周りの風景がぐにゃりと歪み、万華鏡のように変わっていく。


「!!」


ふと気がつくと、でかい樹木が目の前に聳え立っていた。
樹木の中に、十数人という子供がぐったりとした様子で埋まっている。


「待ってて!今助けるから!!」


刀を抜いて、木に振りかぶる。
…びくともしない!!


『ふふ、無駄だよお姉ちゃん。バオバブの木は硬いもの。』


地面からぼこりと音がした。
空気を察知して後ろへ飛び退く。

トゲの生えたツタのようなものが地面からしなって私に向かってくる。
それを全て切り刻んでいく。

ざん、ざん、ざんと何度も何度も。


「キリがない…」


切っても切ってもそこからまた再生し、また別の地面からトゲのツタが生えてくる。


『大人しく捕まって?お姉ちゃんも後でゆーっくり食べてあげる。私はね?少食だから一度にたくさんは食べられないの。だからこうして"保存"してるんだ、小さい子は柔らかくて美味しいもの』
「だから子供ばっかり…!?」
『お友達になってくれるなら食べないでいてあげようと思ったんだけどね、みんなおうちに帰りたいって泣いてうるさいから食べちゃうの』


くすくすと鬼の笑う声が聞こえる。
一体どこに…


『どこにいるんだって思ってるでしょ?ふふ、お姉ちゃんは本の中だけど私は外にいるからそこにはいないよ。お姉ちゃんはもうそこから出て来れないんだから…』


そんなはずない。
入って来れたなら、出ることだって出来るはず。
私はトゲのツタから逃げ回りながら考える。


『せいぜい頑張ってね、この物語が終わるまでに』


トゲのツタの攻撃がやんだ。
本当に出られないのか。
とにかく辺りを歩く。…何かないか。

ほんの少し歩いただけで一周してしまうほど小さい空間だった。



「…あ」


ガラスに覆われた一輪のバラが地面から咲いていた。
…バラ。そう言えばさっきの攻撃のトゲのツタはバラの茎に似ている。


「これ、もしかしてさっきの攻撃の…?」


警戒しながら近付く。

空気を読む。
このバラだけ優しい空気を纏っている。


「…これは…斬っちゃいけない気がする」


ガラスの覆いを外しバラに触れる。
突然目の前の風景がまたぐにゃりと変わった。


とんと着地すると、ふわりと花の匂いが鼻につく。
無数のバラが咲き乱れる、バラ園。
普通なら綺麗だと思うのだろうけど、嫌な空気だな、と思った。
さっきのバラと全然違う。


憎悪の空気が満ちている。


ひゅん!と空を切る音がして、慌ててかわす。
さっきのトゲのツタの攻撃が始まる。
しかし数はさっきの比じゃない。
無数のツタだ。
それをかわして斬りながら距離を取っていく。
途中避けきれなかったせいで頬に少し掠ってしまった。


「しつこいなあ!」


全集中!
「雷の呼吸 陸ノ型…電轟雷轟!!」


バラを全て刻む。



ふうと一息つくとまた風景が変わる。

ひゅお、と風の音。じゃりとした地面の感触に眼下に広がる小麦色の砂、砂、砂。
一面砂の、砂漠に。
日は沈みかけて夕陽が遠くに見える。


「なんなの、この血鬼術は…」


出口を探さないといけない。
しかしさっき鬼が言っていた言葉…"物語が終わるまでに"が引っかかる。

何かあるはずだ。

外に出られる出口を担っているものが。


攻撃もなくなった。
鬼の声も聞こえないし空気も感じない。

歩いて探すしかない。


しばらく歩きづらい砂の上を歩いていく。
すると少し遠くに何かが見える。


「…井戸だ」


しかも空気が、変わった?
空が急に暗くなる。
真っ暗な夜空には星が瞬いて、ここが本当に本の中なのかと錯覚を起こしてしまう。

とにかくこの井戸を注意深く見てみよう。
井戸の周りを見落とさないよう慎重に見ていく。


時間は経っていないはずなのに、空が白んできた。
何となく、物語の終わりが近付いているんだと察した。


すると井戸からそろりそろりと何かが動いているのが見えた。


一瞬淀んだ空気を感じて、斬る。
それはヘビだった。


『もうちょっとだったのに…!!』


鬼の声が聞こえたと同時にパァン!!と空間に裂け目が出来て、元いた場所に戻ってきていた。
そう時間は経っていないように思えたのに夜中だった。


私は鬼の存在を確認するとしゅるりと木の上に乗って間合いに入る。


「雷の呼吸 参ノ型…聚蚊成雷!!」


すとん、と地面に着地する。
手応えがなかった…!
慌てて鬼を確認する。


「!?」


いつの間にか無数の蜘蛛が、鬼の頸を守っていた。


「何それ…邪魔!!」


もう一度構えて走り出す。
ぐん!と身体が後ろに引っ張られる。


「あはは!お姉ちゃんの足元見てごらん?蜘蛛がいっぱい!」


私の足と手に雲の糸が絡み付いている。

ズン!と私の左肩に先程のトゲのツタが貫通した。


「いっ…」
「だめだめ、活きの良いまま保存しておきたいんだから、ね!」


ズン!今度は右の太腿。


「っ…」


何してるんだ、私は。
こんな弱い鬼に負けてたら善逸の横になんていつになっても立てないぞ…!


「雷の呼吸… 肆ノ型…」
「その状態で私に攻撃できるの?ねえ、お姉ちゃん?」


そうだね、出来ないよ。


「遠雷!」


貴方には。
雷鳴が轟く。

自分自身に、雷が落ちる。


「自分に雷を落として蜘蛛の糸を…!?」
「雷の呼吸の使い手は、雷を怖がらないの」


ゆらりと構える。


「雷の呼吸 弐ノ型…稲魂!!」


頸を守る蜘蛛を蹴散らし、連撃する。
稲妻が、五度落ちる。


「!!」


すとん。

無機質な頸の落ちる音。
サラサラと砂のように消えゆく鬼の空気を感じる。
私は刀を一振りして鞘に収める。


「おかあ…さん…もっと本…読ん、で…」


ああ、そうか。

私はあの鬼が持っていた本を開いて、近くに置いてあげた。


「あり、がと…う…」


そして、跡形もなく消えた。



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