少し離れたところに小さな湖。
その湖の辺り、白詰草が一面に咲いている広場。
白詰草に囲まれてしゃがみ込んで何やら作業している黄色い羽織が春の暖かな風に揺れている。
「…善逸、」
その背中に声をかけると、肩がぴくりと動いてゆるりと振り返った。
私の姿を確認すると、強張っていた肩を少し落として少し微笑んだ。
「…なんだ、なまえか」
「なんだとは、何よ」
その隣にしゃがみ込み、善逸の手元を見る。
作りかけの、白詰草で出来た花冠。
善逸は器用だ。
「それは…禰豆子ちゃんに?」
聞き方が刺々しくならないように、気を付けてゆっくりと質問した。
善逸は少し照れ臭そうに俯き気味に…うん、と答えた。
ちり、と胸が痛む。
「そっか、喜んでくれるといいね」
そんな胸の痛みを、まるっきり無かったかのように接して、笑顔を見せる。
喜んでくれるといい、と思ったことだけは本心だったから。
善逸は執着的に女の子が好きだ。
初めて出会った頃は御多分に洩れず私にも結婚してくれだの何だの言っていたが、禰豆子ちゃんと出会った頃から言われなくなってしまった。
そのことに気付いたとき、私も彼への気持ちに気付いてしまった。
…善逸が好き。
なんで彼が好きなのが私じゃないんだろう。
禰豆子ちゃんはとっても可愛いし、とってもいい子。
私だって大好きな女の子だ。
だけどそこに善逸が加わると、どろりと黒い感情が生まれてしまう。
嫌いだ、こんな自分。
だからそんな嫌いな自分を必死で押さえ込む。
表面上だけでも良い人でいたいから。
「おーい、なまえ!善逸ー!!」
炭治郎が私たち二人を見つけて遠くから声をかけてくれる。
何故だか少しホッとした。
善逸と一緒にいたいのに、一緒にいると傷付くから。
「行こう」
善逸に声をかけて立ち上がる。
炭治郎の元へ行こうと歩き出そうとした時、ぐいと手首を掴まれた。
誰に?…もちろん、善逸に。
私は驚いて、触れられていると言う事実に気付いて顔が熱くなった。
一瞬で素に戻って手を離すように無言で促して、胸のドキドキが耳の良い善逸にバレないように少しでも距離を取る。
「どうしたの?」
あまり、顔は見ないで。
「これ… なまえに」
善逸がおずおずと何かを差し出した。
禰豆子ちゃんに作っていたものよりははるかに小さい。
「これ、は?」
私は首を傾げながら、彼の手のひらの花の小さな輪っかを見つめる。
「指輪」
「私に?」
なんで私なんかに、と思った。
「そうだよ」
善逸は少しイラついた声色で私の左手を掴んだ。
「ひゃっ」
びっくりして変な声をあげてしまう。
恥ずかしくて、なのに嬉しくてすごく困った。泣きそうだ。
「なに、」
するり、と私の薬指にそれをはめて善逸は何も言わずに炭治郎の元へ歩き出した。
「善逸っ」
私は慌てて彼の横を歩く。
「…っ禰豆子ちゃんの花冠のついでに作ってくれたんだね?ありがとう」
自分で言ってて、自分の胸の傷を抉った。
「別に、ついでってわけじゃあ…」
善逸が口籠る。
ついででも。
私のために作ってくれたことが嬉しい。
「ありがとう善逸」
こくりと善逸は頷いて、炭治郎と行ってしまった。
私は善逸がくれた左手薬指の白詰草の指輪をほう、とため息まじりに見つめた。
「いいのか、善逸。」
「…何がだよ」
「絶対なまえ、何か勘違いしてるぞ?」
…知ってる。
「でも見てみろ、あの嬉しそうな顔。」
よかったな、善逸。と炭治郎が朗らかに笑った。
鼻が利く炭治郎にはお見通しだった。
耳が良い善逸だって、気付いている。
左手の薬指に指輪。
その意味になまえが気付くのはもう少し先。
薬指に小さな想いを込めて