『なあ、じいちゃん』
『何だ善逸』
雑貨屋の前で足を止める俺に、少し先を歩いていたじいちゃんが戻ってくる。
『なまえさ、年頃の女の子の癖に髪飾り一つ持ってないんだ』
『…何か、買ってやりたいのか?』
『あれ、似合うかなって』
黄色いリボンを指差す。
きっと黒い髪に映えるだろう。
雷の呼吸の使い手らしい色だし。
『よし、買っていくか』
じいちゃんがニッと笑って俺の頭にポンと手を置いた。
じいちゃんが贈り物だと店主に告げると綺麗に箱に包んでくれた。
じいちゃんはその箱を俺に渡して、笑う。
『善逸が渡すんだぞ』
『俺、が?』
『なまえ喜ぶぞ』
『そうかなあ…喜んでるとこ見たことない』
半信半疑で帰って、なまえに箱を渡すとなまえは大きな瞳をさらに大きくして、泣いて喜んだ。
そして長い髪の後ろの毛束を一掴みしてリボンを結ぶ。
…可愛い。
何故か本人に言ったことはないけど、素直にそう思った。
「っ!」
ばっと身体を起こす。
「夢…」
懐かしい夢を見た。
なまえにリボンを渡した時の、夢。
横で寝ているなまえを確認する。
軽く髪に触れるとなまえはくすぐったそうに善逸、と呟く。
馬鹿じゃないの。なんで俺の名前なんか呼んでんのさ。
なまえは正直可愛い。
しかも俺の好みど真ん中だ。
前に結婚してくれと言ったら、普段酷く平坦で聞き取りづらいはずのなまえの音が、悲しい音だけハッキリ聴こえてそれから言えなくなった。
そのくせ、すぐに俺のどこが好きだとか一緒に生きたいとか勘違いさせるようなことばかり言う。
なまえが分からない。
俺が少しでも好意を見せると離れていく。
でもいつでも俺を一番に考えて自分の事は後回しにする。
安心させてあげたいのに、自分にその力がないことが悔しい。
…夢なんだ。
誰よりも強くなって弱い人や困ってる人や…いつも俺を守ってくれるなまえを守って、たくさんの人の役に立つのが、夢なんだ。
この子は本当に…何を考えてるんだか。
「なまえ…」
思わず顔を近づける。
無防備すぎるその寝顔が、愛おしい。
「ん…何だ善逸、起きたのか?」
「っ!!!??!!」
声にならない声を上げ、大袈裟に飛び跳ねる。
炭治郎が眠たそうに目を擦りながら上半身だけ起き上がらせる。
「どうした善逸?…ん?何か甘い匂いがするな」
思わず炭治郎の鼻を思い切りつまんだ。
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12 月みたいな女の子