「善逸から離れて」


ゆらりと善逸に駆け寄る。

ああ、やっぱり肋やられてる。
でも私なんかよりきっとずっと善逸が痛いだろうな。
私が変わってあげないと。臆病なのにこんなに頑張って…あとでいっぱいいっぱい褒めてあげよう。


「善逸を、傷つけないで!」


私が二人の間に割って入る。
猪くんの拳が、私の頬に入る。殴り飛ばされそうになるのを踏ん張って、耐える。


鼻と口から鉄の匂いと生温い感触がして気持ちが悪い。


「テメェはさっきの女…どけ!その箱に何がいんのか鬼殺隊ならわかんだろうが!」
「炭治郎の大事なものなの。そして、善逸は私の大事な人なの!…だから絶対にどかない!」


叫ぶように言うと、肺が痛んだ。
ちょうどその痛んだ場所に猪くんからの蹴りが飛んできて、思わず倒れそうになる。

よろよろとしながらも、善逸の前からは一歩も引かない。


「なまえ…!」
「やめろ!!」


炭治郎が飛んできて、猪くんの腹を殴る。
猪くんは吹っ飛んで行った。

今…折った?


「何で善逸となまえが刀を抜かないかわからないか?隊員同士で徒らに刀を抜くのは御法度だからだ!!それをお前は一方的に痛めつけて楽しいのか?卑劣極まりない!!」


炭治郎がここまで怒るとは、と少し驚く。


猪くんはそういうことか悪かったじゃあ素手でやり合おうと全く理解していない様子で炭治郎に向かっていった。





私はかくんと身体の力が抜けて、そのまま善逸を抱きしめる。
温かい。善逸の優しい匂いがする。


「善逸……善逸っ…!」
「なまえ、だ、大丈夫なのか」
「平気…」


私は善逸の太陽のような瞳と目線を合わせる。
そしてぽんぽんと頭を撫でてあげる。


「善逸…よく、頑張ったね」


お互い血塗れになってしまったけど、無事だ。
良かった、善逸が無事で。
善逸は恥ずかしそうな気まずそうな感情がごちゃ混ぜになった表情で私を見る。


「…なまえ…」


善逸が抱きついていた私を引き剥がす。
そして少し怒ったような顔をして、善逸が私の鼻血を手拭いで拭ってくれた。


「俺のことじゃなくて…自分の事も大事にしろよ」


私は首を傾げる。
それを見た善逸ははあっとため息をつく。
私は空気を読まずに、ぺたぺたと善逸の顔の血を手拭いで拭う。




そして炭治郎と猪くんの戦いはまだ続いている。


「ちょっと落ち着けェ!!」


いい加減付き合いきれなくなった炭治郎が、猪くんに思い切り頭突きをする。

ゴシャという何だか凄い音が聞こえた。


「うわあああ!音!!頭骨割れてない!?」


猪くんの猪頭がずるりと落ちた。
気になる中身は、なかなか綺麗な顔立ちをした男の子だった。


「女!?え?!顔…!?」


言われてみれば確かに女の子っぽいかな?
善逸が驚いたように叫ぶ。


「何だコラ…俺の顔に何か文句あんのか…!?」
「君の顔に文句はない!こぢんまりしていて色白で良いんじゃないかと思う!!」
「殺すぞテメェ!かかって来い!!」
「駄目だ!もうかかって行かない!」


…話が進まないなぁ。


「おい、でこっぱち!俺の名を教えてやる!嘴平伊之助だ覚えておけ!!」
「どういう字を書くんだ」
「字!?じっ…俺は読み書きが出来ねえんだ!名前はふんどしに書いてあるけどな…」


伊之助の動きが急にピタリと止まった。
と思ったらバタンと思い切り倒れた。


「!?」
「うわっ!倒れた!?死んだ!?」
「死んでない。多分脳震盪だ俺が力一杯頭突きしたから…」


そういえば伊之助の額は血が出てるのに炭治郎は何ともないようだ。ものすごい石頭…。



09 私の大切な人
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