「…え、何て?」
心臓が嫌な音を立てる。
頭の中がしんと真っ白になる。
…こんなこと前から何回もあったじゃないか。
なのに何度経験しても慣れない。
「だからさ、なまえのクラスの子…なんて言ったっけ?可愛い子いるじゃん?あの子のこと教えてくんね?彼氏とかいんの?」
へらへらと笑いながら、幼馴染みの電気が私のクラスの女の子の情報を聞き出そうとしてくる。
「えーと…いないんじゃないかな、あんまり仲良くないから分らないや、ごめん」
「なーんだ、せっかく仲を取り持ってもらおーと思ったのによ」
電気は残念そうに自身のスマホに視線を落とした。
連絡先を聞く気だったようだ。
「…聞いてきてあげようか?」
思ってもいない言葉がするりと口から出た。
少し毒を孕んだ口調になったのに、電気は気付かなかったようで嬉しそうに顔を上げた。
「マジ!?あっじゃあ俺のLINEのID教えといて!あと彼氏いるかも!」
テンションの上がった電気が私に捲し立てるように喋り続ける。
その女の子のどこが可愛いとか、どこが気に入ったとか。
別に聞いてもいないのにぺらぺらと。
なんで私もこんな男のことが好きなのかな。
考えてみても好きになる要素なんてない。
軽薄なナンパ野郎の癖にヘタレだし、強い個性持ってる癖にすぐアホになるし。
なのに、どうしても私には電気しか考えられない。
だって、好きになっちゃったんだもん。
悪戯な笑顔とか、少しハスキーな声だとか、本当は優しくて私が困ってると助けてくれる所とか。
諦めようとするたび優しくしてくるこの男のせいだ。
「じゃあね、電気」
「おう!マジ頼むからなー!」
自分の教室に戻って、電気お目当ての女の子を探す。
あんまり仲良くないなんて電気には言ったけど嘘だ。普通に仲良いしよく喋る。
「あっ、なまえちゃんどこ行ってたの?」
「何か幼馴染みに呼び出されて」
「あのヒーロー科の?格好良いよね、上鳴電気くん…だっけ?」
「うん、そう…」
だから、教えたくなかったのに。
この子も電気が気になっているから。
それから電気が連絡先を知りたがっていることを教えると、彼女は可愛らしい笑みを浮かべてほんのり頬を染めた。
やだ。そんな顔しないで。
胸がちくちくする。
この子のこんな幸せそうな顔、電気に見せたくないから。
だって見てしまったら。
今よりもっと近付いてしまったら。
きっとお互い好きになってしまうから。
「これ、電気から」
私が思わず握りしめてしまってくしゃくしゃになりかけたIDの書かれた紙を渡す。
手が震えそうになるのを抑えて、さっさと渡す。
もう、どうして嘘つけないかな。
この子に彼氏いるって電気に言ってしまえばいいだけなのに。接点なんて私以外にないんだから嘘を突き通せばいいだけなのに。
それから予鈴が鳴って授業が始まる。
授業の間中、あの子が電気に連絡しなければいいなんてもう遅い願いをする。
放課後になって、教室に電気が来た。
私に連絡きた!マジで感謝するわと笑う。
私はよかったねと呟いて自分の惨めさに笑った。
しばらくしてあの子がやって来て、電気に連絡先ありがとうとかこれからよろしくとか話している。
私は思わず、電気の名前を口にする。
電気が不審そうに私を見て、近付いて来た。
「どした、なまえ?」
私の顔を、横から覗くように見てくる。
「っ…ううん、がんばれ、電気」
精一杯の強がりを言って、二人に手を振って教室を出た。
重い息を全て吐き出すと、鼻の奥がツンとした。
泣かないよ、大丈夫。
電気がまたフラれて私に泣きついてくるまで待つから。
キューピッドは泣かない